第104話 アレクサンダー=アーデン=アウリ【ガンダーン】の過去
アレクサンダー=アーデン=アウリ【ガンダーン】 ―滅びの誓い―
その名は、かつて「王国の希望」と呼ばれていた。
魔王国ガンダーンの第一王子。
美しく整った金の髪と、澄んだ青い瞳を持つ青年――アレクサンダー。
剣術、魔法、戦略。どれもが規格外で、周囲からは「生まれながらの王」と称されていた。
だが、彼を最も輝かせていたのは、その“心”だった。
「人間と魔族が手を取り合う世界を、僕は本気で作りたいんだ」
誠実で、まっすぐで、誰よりも民のことを考える男。
そんな彼を心から信じ、支えていたのが――
「あなたが王になれば、この世界は変わる。私はその時を、ずっと隣で見ていたいのです」
そう優しく微笑む女性、ニーアン=グランシュタイン。
王宮魔術団の天才にして、光の魔法を操る美しき魔導士。
彼女の薬指には、アレクサンダーが贈った煌晶石の婚約指輪が輝いていた。
「この指輪……あなただけのものです。永遠に、僕の隣にいてください」
「ええ、約束です」
また、紅翼の魔族・リーリアン=フリーソウとは、強い友誼を結んでいた。
「アレク、また私の勝ちだねっ!」
「いや、それは危なすぎる突撃だっただろ……まったく、君は本当に無鉄砲だな」
アレクサンダーの弟・シュナイダーを交え、4人は笑い合い、希望に満ちた日々を過ごしていた。
だが、ある冬の夜。
すべては音を立てて崩れていった。
吹雪が吹き荒れる魔王国西部の国境地帯。
「……誰か……」
雪に埋もれ、今にも命が尽きそうな男を発見したのはニーアンだった。
「ひどい……! あなた、大丈夫……!?」
男の名は、カリス=ヴェント。人間の冒険者だった。
「アレクサンダー様の理想を信じるなら、私も……彼を救わなくては」
ニーアンはカリスを王都の外れにある自邸に運び、密かに看病した。
数日後、彼は回復の兆しを見せていた。
「ありがとう……君は、女神のようだ」
「ふふっ……そんな、大げさよ」
だが――その優しさを、カリスは裏切った。
彼の狙いは、ニーアンの指に光る婚約指輪だった。
煌晶石――それは任芸界でも数えるほどしか存在しない希少鉱石。
「手に入れれば……俺は、誰よりも強くなれる……!」
カリスは甘い言葉でニーアンの信頼を得ると、ある晩、静かに毒を盛った。
「……ごめん。でも俺には……これしか道がなかったんだ」
「……え……カリス……? どうして……?」
ニーアンの瞳が揺れ、手からカップが落ちた。
命は奪われなかった。
しかし、深い昏睡状態に陥ってしまう――。
知らせを受けたアレクサンダーは、沈黙のまま現場へ向かった。
その目は、氷のように冷たかった。
「ニーアン……!」
ベッドに横たわる彼女の手を握りしめ、彼は静かに呟いた。
「絶対に……絶対に許さない」
カリスの行方はすぐに判明した。
禁忌の森。魔獣が支配する死の領域。
「逃げても、無駄だ」
追っ手に追われたカリスは、森で魔獣に襲われ、無残に命を落とした。
アレクサンダーは、その報告をただ黙って聞いていた。
「……人間は、こうも簡単に裏切るものなのか」
そして、その青の瞳から、温もりが消えた。
「もう信じない。人間も、理想も、希望さえも――」
彼の理想は、復讐へと姿を変える。
「滅ぼす。人間という種を、すべて……」
その考えは、あまりにも危険だった。
父であるガンダーン国王は、涙を流しながら命令を下した。
「アレクサンダーを……封印の塔へ幽閉せよ、ガンダーンの名を外し、アウリと名乗らせろ」
「父上……私は、ただ真実を知っただけです。なのに王位のガンダーンの名を外し、母方のアウリと名乗らせろとは」
「ならば、もう一度見つけろ。お前が守ろうとした“希望”を……!その時は再びガンダーンを名乗ることを許そう」
遠く離れた山岳地帯。
誰も近づかぬ孤高の地に、アレクサンダーは幽閉された。
そして時が過ぎても、彼の決意は消えなかった。
昏睡状態のまま眠り続けるニーアン。
「私、信じてる。アレクは、また笑ってくれる……そう、きっと……」
涙を浮かべながら言葉を紡ぐリーリアン。
そして、世界を滅ぼすために立ち上がる、かつての英雄。
「滅びの誓いを果たす時……それが、すべての救いとなるのなら」
アレクサンダー=アーデン=アウリ。
その物語は、終わってなどいない――。




