第103話 予選3回戦 銀と黒の騎士、死霊の王の正体
歓声が収まりきらぬ中、控えエリアにひときわ目立つ一団が姿を現した。
「……やるじゃないか、セリア嬢。予選突破、おめでとう」
静かな声に振り返ると、そこに立っていたのは、煌めく金の髪と同じ色の角を持つ少年――ルクス=ゴールデン。その傍らには、目をキラキラと輝かせた少女と、黙した大柄な従者の姿があった。
「ルクスさん……!」
セリアが小さく驚いたように微笑み、会釈する。
ルクスはその様子にうなずくと、鋭くもどこか温かみのある視線をカールたちに向けた。
「白銀の聖女と銀髪の剣聖。並んで立つ姿、なかなか絵になるな。……フリーソウ嬢も相変わらず、迫力がある」
「ふふん、もちろん。紅翼の魔族だもの」とリーリアンが軽く肩をすくめる。
「私はただ、実力者が実力どおり勝ち上がる様を見るのが好きなだけだよ。……安心した。君たちなら、本戦でも通用する」
そう言って、ルクスはわずかに口角を上げる。淡々とした言葉の裏に、彼なりの信頼が感じられた。
「ありがとな、ルクス」カールが微笑むと、その隣でカグヤが元気いっぱいに手を挙げた。
「セリアさん! 今のめちゃくちゃすごかったですーっ! 光がバーン!ってなって、風神たちがビュンビュンって吹っ飛んでっ!」
「う、うん、ありがとう。見てくれてたのね……」
「もちろんですっ! ゴウダなんて目を見開いたまま固まってて!」
無口な従者・ゴウダは無表情のまま、ゆっくりと一度だけうなずいた。
「ほら、ほら、もう少し盛り上がっていきましょー! 本戦も楽しみにしてますからねっ、カール様もセリア様も、もちろんリーリアン様もー!」
「ふふっ、あなた元気ね……」とセリアが苦笑し、リーリアンも「まあ、嫌いじゃないわ、そういうの」と笑う。
その和やかな空気を切り裂くように、突如、場内のアナウンスが響いた。
『続いての試合は――特別枠、第三試合。銀と黒の騎士、VS 元魔王軍四天王・炎神・熱山――』
「……特別枠?」
観客席がざわつく中、演武場に現れたのは、異様な存在感を放つ男だった。
演武場に再び歓声が沸き起こる。カールたちが顔を上げると、ステージ中央に一人の男が立っていた。
全身を銀と黒の重厚な鎧で覆い、背中には巨大な双剣。顔は漆黒の仮面で覆われており、その気配はまるで“存在を忘れさせる”かのように薄い。
「……あれが、特別出場者?」
「うん……会場では、“死霊の王”なんて呼ばれてるらしい。正体不明、だけどただの実力者じゃないってさ」
ルクスの言葉に、観客のどよめきが重なる。対戦相手として現れたのは、元魔王軍四天王の最後の一人――
《炎神 熱山=ドゴン=バルドリア》
赤銅色の肌に、溶岩のように煮えたぎる魔力を纏った屈強な巨漢。その両脇には、彼の孫である双子の少年たち。大地を砕く鉄拳のバルムと、灼熱の剣技を操るフレム。どちらも大会では名の知れた猛者だ。
「おう……面白え相手が来たな。よくわからねえが、叩き潰して正体を暴いてやるか!」
熱山が腕を鳴らし、観客の期待が高まる。だがそのとき、“死霊の王”と呼ばれた男が、静かに仮面へと手を伸ばした。
そして――外された仮面の下から現れたのは、美しく整った金の髪と、鋭く冷たい青の瞳を持つ青年の顔だった。
「え……?」
セリアが息をのむ。
「まさか、あれって……」
「第一王子……アレクサンダー=アーデン=アウリ……!?」
カールの声に、控えエリアも観客も騒然となった。
「なんで王子が、こんなところに……!?」
だが、それが事実であることは、彼の姿を見れば一目瞭然だった。その背に揺れる双剣、鎧に刻まれた王族の紋章、そして――
彼の左腕に、淡く輝く竜の紋章。
「ドラゴンの契印……!」
リーリアンが驚きの声を漏らす。
「まさか……アレクサンダー王子も、何かと契約して……」
「……あの紋は、竜種の中でも最上位の……“煌獄竜”のものよ。伝説の存在、はずれのない超越存在よ」
セリアが小さく呟いた。
演武場では、熱山が容赦なく先制の炎撃を放っていた。だが、アレクサンダーは動かない。まるで風景の一部のように、その場に静止したまま。
「くらえっ、《熔岩獄破砕》――ッ!!」
熱山の拳が爆発的な熱波と共にアレクサンダーを襲う――
だが。
「……遅い」
その瞬間、アレクサンダーが一歩踏み出しただけで、熱山の巨体が吹き飛んだ。
「な――がっ!?」
見えてすらいなかった。その双剣が、いつ抜かれ、どこから振るわれたのか。
「じ、じいちゃんっ!」
「やっべえぞ兄ちゃん、こいつ……マジでやべえって!」
バルムとフレムが叫ぶ。だが、すでにアレクサンダーは彼らの背後を取っていた。振るわれる銀の剣と黒の剣。
「《煌剣・葬絶の双閃》」
閃光のような斬撃が空を裂き、二人を一瞬で気絶させる。熱山が再び立ち上がるが――その目には、恐怖が浮かんでいた。
「馬鹿な……ワシの“炎”が……!」
「王族の力。それが本当に意味するもの……教えてあげるよ」
アレクサンダーがもう一歩、ゆっくりと踏み込んだ。その瞬間、重力すら変わったような圧が演武場を覆う。
次の瞬間、観客の誰もが瞬きを忘れるほどの閃光が走り、熱山の巨体が宙に浮かび――
ドォンッ!
と、場外へと叩きつけられた。
「し、審判ッ……!」
「……勝者、アレクサンダー=アーデン=アウリ……!!」
観客席が、嵐のような歓声と悲鳴で揺れた。
「王子が……!」
「ありえない……炎神熱山が、まるで赤子みたいに……」
「竜紋の王子……まさか、彼が本命なのか……!?」
控えエリアで、カールは静かに目を細めた。
「……アレクサンダー王子、か」
セリアも険しい表情で頷いた。
「彼……以前の姿とはまるで違う。何があったの……?」
リーリアンは腕を組みながら、ふとカールの手を見た。
「ねえ、カール。あなたの《ウロボロス》と、彼の《煌獄竜》――どっちが上かしら?」
「さあな」
カールは微笑んだ。だがその瞳は、次に待ち受ける“戦い”をすでに見据えていた。
「だけど、勝つのは――俺たちだ」
風が舞い、熱の余韻が演武場を包む中。
物語は、次なる強敵との激突へと、加速していく――。




