第97話 元第二王子シュナイダーの予選1回戦
『勘違い王子、影の軍を作る!?〜武術大会、予選一回戦編〜』
――栄光への第一歩だ。
朝靄の残る競技場の一角。シュナイダーは、あのくたびれたローブ姿のまま、堂々と胸を張って立っていた。
「来たな……ついにこの時が……」
周囲はざわついていた。何せ、シュナイダーの参加する予選第一試合の相手は、そこそこ名の知れた傭兵団だったからだ。
「なあ、あのボロいの、本当に選手か?」「ほら、あいつだよ、“自称元王子の狂人”。こないだ、酒場で幻影魔法の軍儀を始めたっていう……」
だが、当の本人はまったく気にしていない。むしろ誇らしげに笑みを浮かべ、後方を振り返った。
「影の軍よ、戦の時だ。いざ、我が背を支えよ!」
「……おう」「まぁ、やるだけやってみっか」「飯代のためにな……」
気乗りしているのかしていないのか微妙な“軍”の面々が、それぞれの装備を整える。相変わらず毒も魔術もインチキじみたもので、誰一人として強そうではない。
けれど。
ここで、まさかの事態が起こる。
――対戦相手の傭兵団が、遅刻したのだ。
公式ルールでは、開始時刻から十数分以内に現れなければ、不戦敗。
そして、
「……第十三試合、シュナイダー軍の勝利とする」
審判の声が響いた瞬間。
「なっ……!?」「あいつ、勝ったのか!?」「まさかの不戦勝……」
観客席が騒然とする中、シュナイダーは堂々と右手を掲げ、
「ふははははっ! これが“影の軍”の戦略力よ! 情報操作により敵の行動を封じる……勝利とは、既に戦う前から決していたのだ!」
もちろん、情報操作などしていない。ただの偶然だ。だが、彼の軍の面々も、なぜか拍手していた。
「よし、勝利の宴だな」「飯がうまくなるぞー」「シュナイダー様万歳……って言っときゃ、また金貨くれるしな」
こうして、“影の軍”は武術大会の初戦を勝ち抜いた。
だが、会場の別席――上層部の観覧席では、異なる反応があった。
「……あの男、確か追放された第二王子の……」「何か妙に自信があるな。まさか裏で誰かが……?」
勘違いと偶然が、不穏な憶測を呼び始めていた。
一方で――
セリアやリーリアン、カールたちは別の予選ブロックにいた。
「シュナイダーが勝ったって?」「……不戦勝よ。まさか、あんな形で残るなんて」
セリアは腕を組み、冷静に言い放つ。
「だが、それだけで彼を脅威と見るのは浅はか。問題は、彼がこのまま“運だけ”で上に進んだとき……観衆がどう見るかだ」
人は結果に酔う。真実がどうであれ、勝者は称えられる。シュナイダーがその象徴となるには、充分な滑稽さと、妙な華があった。
「……それが一番、面倒ね」
リーリアンが目を伏せた。
そしてその夜。
拠点の廃屋では、勝利の“祝勝会”が行われていた。魔獣の肉のロースト、魔界ワイン(拾い物)、そしてやたらテンションの高いシュナイダーの演説。
「諸君らの忠義に感謝する! 我が影の軍は、この地に新たな伝説を刻むのだ!」
「はーいはーい、かんぱーい」「乾杯ー(肉うめぇ)」
誰も演説は聞いていない。だが、団結はしていた。不思議な、一体感があった。
この軍が本当に“脅威”になる日が来るのか、それはまだ誰にも分からない。
だが確かに、この日。
元第二王子・シュナイダー率いる“影の軍”は、武術大会において一勝を刻んだのだった――。




