第90話 街の衛兵グナーリュから見た伝説の剣聖カール
衛兵グナーリュの視点――銀の剣聖との邂逅
ヴァークルの城門に立つ衛兵グナーリュは、その日もいつものように剣を腰に、槍を手にして門番の務めに就いていた。だが、その日はいつもと違っていた。空気が張りつめており、戦士たちの緊張感が肌でわかる。武術大会を前に、各地から集まる出場者の数は日に日に増している。
「出場者証明書を確認する!」
そう声を張り上げながら、グナーリュは隊列に目を走らせる。貴族、騎士、冒険者、魔族までもが並ぶ中、彼の目に止まったのは、一際静かな気配をまとった一団だった。
先頭に立つのは金色の双角を持つ青年――ゴールデン伯爵家の令息、ルクス。彼は堂々とした足取りで歩み寄り、出場証を提示した。
「ルクス=ゴールデン伯爵家。大会出場のため、通行を求む」
グナーリュは頷き、通行を許可する。だが、その次に現れた青年を見たとき、彼の呼吸は一瞬止まった。
銀髪が陽に照らされ、まるで聖剣のような輝きを放つ。端正な顔立ちに凛とした瞳。彼の腰にある剣からは、ただならぬ気配が漂っていた。
「出場証明書を」
グナーリュの声が思わず硬くなる。青年は静かに王家の紋章が刻まれた通行証を差し出した。
「銀の剣聖、カール=キリトだ」
その名を耳にした瞬間、背筋に電撃が走った。何度その名を聞いたことか。魔族の襲撃から街を守ったという伝説。数多の剣士を打ち倒し、いくつもの戦場で名を馳せた白銀の英雄。
――まさか、本物が、ここに……。
グナーリュは思わず膝をつきそうになる足を堪えた。
「ご入城を……歓迎いたします!」
声が震えていたかもしれない。だがそれでも、彼は道を開けることを忘れなかった。
馬車が通り過ぎる。その後ろには、銀の剣聖の仲間たち――紅翼の魔族の少女、白銀の魔女、そしてゴールデンの鬼人たちが続いていた。どの顔も並々ならぬ力を感じさせる。
(あれが……カール=キリトか。伝説の……)
門の上から彼らの背を見送りながら、グナーリュは心の中でつぶやいた。
(あの剣を見ただけで、背筋が凍る。けど……不思議だな。あの眼差しは、ただの戦士のものじゃない。何か……もっと、深いものを抱えている)
剣の重みを知り、戦いの苦しみを知り、それでもなお前を向く者。彼の歩みには、確かに英雄の風格があった。
グナーリュは再び槍を握り直した。自分も、ただの衛兵ではいられない。こんな男が来る街で、自分も誇れる者でありたいと、強く思ったのだった。
(ようこそ、銀の剣聖。ここヴァークルで、また新たな伝説が生まれるのだろう)




