第85話 森で出会ったゴールデン伯爵令息
グレイドリリーフの森・黄金の角の貴公子
魔物の残骸が霧に溶けるように消え、静寂が戻る。
森の空気は重く湿っていたが、戦闘の緊張が解けたせいか、かすかに涼しさも感じられるようになっていた。
「……カール、大丈夫?」
リーリアンが振り返り、カールに声をかける。彼は肩を軽く回し、剣を鞘に納めながら答えた。
「まだいける。そっちは?」
「こっちも平気。セリアも、ありがとね。あの支援、完璧だった」
セリアは無言で頷きつつも、表情はほっとした様子だった。
その時――。
木々の奥から、かすかに誰かの足音が聞こえた。複数。しかも、一定の間隔で、迷いなくこちらに向かっている。
「誰か来る……!敵かも!」
カールが剣に手をかけるが、リーリアンが目を細めてその気配を感じ取った。
「違う……この魔力、見覚えある」
次の瞬間、木立を押し分けて三人の影が姿を現す。中央に立つのは、金のマントを羽織り、髪と同じく金色の二本の角を額に持つ、貴族風の青年。顔立ちは端整で、どこか気品を感じさせる。
「……なんだ?先客か」
落ち着いた声で彼が呟くと、後ろから従者らしき二人が続いた。一人は巨躯の鬼人の男。無骨な鎧に身を包み、背中には大剣が背負われている。もう一人は女性。銀の髪を後ろで結び、身のこなしはしなやかで獣のような鋭さがある。――ただ、その顔を見た瞬間、リーリアンが小さく息をのんだ。
「……カグヤ?」
女性の鬼人が、ほんの一瞬目を見開く。
「……リーリアン様。まさか、こんな森の中でお会いできるとは」
「え、知り合いなのか?」カールが驚いたように尋ねた。
「昔、魔王宮の侍女隊で一緒だったの。その頃から強かったけど……まさか今は従者になってるなんて」
金色の角の青年が一歩進み出て、軽く頭を下げた。
「初めまして、銀の剣聖殿。そして氷の聖女殿も。私はルクス=ゴールデン。ゴールデン伯爵家の嫡男だ。二人は私の従者、カグヤとゴウダ。以後お見知りおきを」
「ゴールデン伯爵の……!?」
セリアが驚きを隠せずに声を上げた。その名は魔族の中でも格式高い血統として知られていた。
ルクスは落ち着いた笑みを浮かべたまま、手にしていた巻物をくるくると丸めながら話を続けた。
「我々も、魔王国大伝統武術大会に向かっている最中でね。この森を抜ける予定だったのだが……君たちも同じだろう?」
「ええ。街道を使うつもりだったけど、妨害されてて……」
「うん。実は私たちも、昨日その情報を得た。街道沿いの村々が何者かに襲われていて、武術大会に向かう選手を狙った組織的な妨害らしい。正体は不明だが、目的ははっきりしている」
ルクスの言葉に、リーリアンの目が鋭くなる。
「――つまり、魔族の力を持つ者たちが、大会に出るのを阻止したい誰かがいるってこと?」
「おそらく、そうだ。王都の一部の過激派か、あるいは……外部の干渉者かもしれないな」
ルクスの視線が遠くを見つめる。森の霧が、言葉に重みを与えるように揺れていた。
「だから君たちも森を選んだ、というわけか」
「ええ。街道よりはまだ安全だから」
そう言うと、ルクスは一呼吸置いてから、こちらを見つめた。
「――ならば、提案がある。我々と共に行動しないか?」
「共に?」
「そう。森の中では、力があっても人数がモノを言う。君たちの戦いぶりは少し離れた場所で拝見させてもらったが、素晴らしかった。信用に値する」
横にいたカグヤがそっと口を挟む。
「リーリアン様の仲間である以上、私たちにとっても信頼に足る方々です」
「……私は異論ないわ。カール、セリアは?」
リーリアンの問いに、カールは即答した。
「俺も賛成だ。後ろから奇襲されるより、信頼できる連中と肩を並べた方が安心できる」
「同じく。あなたたちが魔王国側だっていうなら、私たちは同じ目標を持ってるはず」
セリアの冷静な一言に、ルクスは満足げに頷いた。
「決まりだな。では、隊列を組んで進もう。道中、魔物の気配が強い区域がある。私たちが先導する形でも構わないか?」
「ええ、お願いします」
こうして六人の魔族・人間混成の特別小隊が誕生した。+子狼。
進路を再確認し、簡単な食料補給を行った後、彼らはふたたび森の奥へと足を踏み入れる。
敵意が渦巻く闇の中を、それぞれの信念と絆で照らしながら――。
 




