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第20話 獄中記――ダンガー子爵の独白。そして、次の悲劇へ

◆獄中記――ダンガー子爵の独白◆


 湿った空気が、鼻につく。

 粗末な藁の上に横たわりながら、私は天井のひび割れを見つめていた。


 かつては絹の寝台で眠り、銀の盃で酒を飲み、誰もが私の機嫌を伺っていたというのに――。

 今では、鉄格子の中で、朝夕の粥にすら虫が浮かんでいる。


 笑える話だ。

 だが、なぜだろう。笑いは一度も、喉の奥から出てこなかった。


 時間だけが、ただ過ぎていく。


 何もすることがないから、思考ばかりが深くなる。

 そして――私は、過去を、否応なく“思い出す”。



 私は生まれながらにして「選ばれた者」だった。

 名門ダンガー家の嫡男として、何不自由のない暮らしを約束されていた。


 家は爵位を持ち、父は王国の財務を担う有力貴族。

 使用人も召使いも、皆が私に跪き、私の一言で令嬢たちは微笑んだ。


 学園に通えば、劣等生を見下し、優等生を金で買収し、教師さえも私に逆らえなかった。

 それが当然だった。私の“世界”では、それが常識だったのだ。


 ……その中に、カール=キリトもいた。


 名ばかりの貴族、三男坊。

 力も権威もない。魔力適性も低く、剣の腕も並。

 そんな彼が、リリスの婚約者? 冗談ではない。


 私はリリスを“持ち物”だと思っていた。

 美貌と家柄を兼ね備え、将来は私の後宮の一つにでも、と。

 そのためには、多少の芝居も必要だった。彼女に同情を与え、耳元でカールの無能を囁き……彼女は簡単に揺れた。


 そして、私は彼女と共に、学園の卒業式でカールを侮辱した。


 愉快だった。爽快だった。

 あの時の、彼の苦しむ顔。令嬢たちが失笑する中で、立ち尽くすあの姿。

 それは、権力の快感を私に教えてくれた。


 ……だが、それが“転落の始まり”だったのかもしれない。



 牢獄の夜は長い。

 星も見えず、音もない。


 ただ、冷たい石の壁に囲まれて、思い出だけが蠢いている。


 私は、あのあとも幾人もの令嬢に声をかけた。

 家柄を見て、金をちらつかせて、望みを満たした。

 だがそれが、詐欺と呼ばれ、背任と糾弾されるとは思ってもいなかった。


 まさか、あの時の“無能”が、全てを暴いてくるとは。

 王の命を受け、宰相に推挙され、そして舞踏会の場で私の罪を突きつけたあの瞬間――


 私の“玉座”は、跡形もなく崩れた。


 ……あれがカールだったとは。

 私が踏みにじった存在が、私を断罪する者となった。


 皮肉だ。

 いや、もはやこれは、運命の報いなのだろう。



 牢の隅に置かれた壊れかけの椅子に座りながら、私は一枚の紙切れを取り出す。


 それは、かつてリリスから贈られた、たった一度の手紙だった。


 「ダンガー様、カール様との関係、どうか内密に願います。彼は傷つきやすい人です。」


 あの頃の彼女は、まだ、迷っていたのだろう。

 だが、私の甘言が勝った。そして、彼女も私と同じように――“落ちた”。


 リリスは今、どうしているのだろうか。

 家は没落し、令嬢の立場も失った。

 ……だが、それでも、彼女の涙だけが、今でも脳裏に焼きついている。


 “お願い……やり直せない……? わたし、まだ……あなたのことを……!”


 あの声は、誰に向けていたのだろう。

 私か? それとも――


 いや、分かっている。

 あの時点で、彼女の心はもう、カールにも届かず、私にも戻ってこなかった。



 誰も面会には来ない。


 父は病に伏せ、母は遠縁の地に逃れた。

 財産は差し押さえられ、家名は断絶。

 かつて私を称えた者たちは、今や私の名を口にすることすら憚る。


 ……孤独だ。


 こんなに静かな夜が、これほどまでに堪えるとは思わなかった。

 いや、“静かすぎる”のだ。


 私の人生には、もう未来がない。

 このまま裁かれ、名もなき罪人として処刑されるのだろう。


 だが、せめて――

 最後に書き記しておく。これが、私の“懺悔”だ。


 カール=キリトよ。

 お前を愚かと笑ったあの日の私を、どうか許すな。

 お前が剣を取り、誇りを貫いた姿を、私は一生、忘れることはない。


 ……これは、敗者の記録だ。

 そして、誇りを失った者が、自らに下す最後の“裁き”でもある。


 ◇   ◇

 その少し前の時間、フリューゲン王国の北のノルド王国で事件があった。


「セリア=ノルド、お前との婚約を破棄する!」 


 公爵令嬢を睨みつける第一王子の目は怒りに燃えていた。まさか、この悲劇がカール=キルトと深く関わっているとは、誰も想像していなかっただろう!



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