第74話 カールたち、エルフたちの歓待を楽しむ
星の丘の誓い ―森が歌う夜に―
夜が更け、星が空を満たすころ、精霊の森に囲まれたエルフの村は灯火に包まれていた。
中央広場には焚き火が焚かれ、村人たちが笑顔で食事を振る舞い、祝いの歌を口ずさんでいる。木々の間を吹き抜ける風さえ、どこか心地よい調べを運んでいた。
「カール、これ食べてみて! おいしいよ!」
ルゥが口の端に木の実のソースをつけたまま、キラキラした目で振り返る。カールは苦笑しながら手渡された串焼きを受け取った。
「ありがとう。これは……鹿肉か?」
「森でとれた野生の鹿だよ。ティリエさまが腕を振るったってさ!」
横からそう言ったのは、リーレンだった。耳をぴょこんと動かしながら、尻尾を小さく揺らしている。頬がほんのり紅潮しており、見慣れた森の服の上に、花飾りをあしらった白い布をまとっていた。
「リーレン、それ……村の正装か?」
「うん。今日は“祝福の夜”だから」
「祝福の夜?」
セリアとリーリアンも横に座り、首を傾げた。
リーレンは焚き火を見つめ、ゆっくりと語り始めた。
「……この森はね、昔、精霊とエルフが契約を交わしてできた場所なんだよ。“命を育む森”として、傷ついた人や動物が訪れるたび、癒しの力を与えてきたの。だけど、その力が強すぎて、時々“外の世界の穢れ”を引き寄せてしまう」
「それが……今回の魔物だったのか」
「うん。あの瘴気も、たぶんどこか遠くから流れてきたもの。ここに棲む魔獣たちは、精霊の加護で穏やかだけど、穢れに触れると心を失って暴走しちゃうの」
リーレンの瞳が、どこか寂しげに揺れた。
「だから、ずっと祈ってた。“この森を守ってくれる誰かが現れますように”って」
「……俺たちがその“誰か”だったってことか」
「そう。カールたちが来てくれて、私……すごく嬉しかった。森の声がね、今、すごく穏やかなの」
その言葉に、焚き火の火がぱちりと弾けた。風がそよぎ、どこからか小さな鈴の音が聞こえたような気がした。
「精霊たちも、喜んでいるのかもな」
「うん、きっとそう」
リーリアンが微笑み、セリアがリーレンの手をそっと取った。
「リーレン。これからはもう一人で背負わなくていいわ。私たちも一緒に、森を見守る」
「セリア……ありがとう」
そこへ、ティリエが歩いてきた。長老としての威厳を感じさせる白銀の髪と、優しい微笑みをたたえた表情。
「若者たちよ。今宵は感謝と祝福の夜。さあ、村の祭を共に過ごしておくれ。これは千年続く森のしきたり。そして、精霊への報告のときでもある」
ティリエの合図で、エルフたちが木の楽器を手に取り、ゆったりとした旋律が流れ始める。リーレンはそっと立ち上がり、カールたちを誘った。
「一緒に踊ろう、カール」
「え、踊るのか……?」
「うん、これは“命の輪”って言ってね、森に生きるものが一つに繋がるための舞なんだよ。踊りが苦手でも、大丈夫。私が手を引いてあげるから」
恥ずかしげに差し出された手を、カールは受け取った。
リーレンの手は、少しだけ震えていたけれど、温かかった。
◆ ◆ ◆
焚き火を囲んで輪になったエルフたちに混ざり、カール、セリア、リーリアン、そしてルゥまでもが楽しげに踊りの輪に加わる。
音楽に合わせてリズムを刻み、手を取り合い、心を通わせる。
夜空には満天の星が輝き、森の奥からは小さな光――精霊たちの祝福が、舞い上がるようにきらめいていた。
「この森は……本当に、命が息づいてるんだな」
カールがぽつりと言うと、リーレンが頷いた。
「だからね、私はいつか……この森と外の世界を繋ぐ橋になりたいの。傷ついた人がここで癒されて、また笑って歩き出せるように」
その言葉に、セリアもリーリアンも、真剣な瞳を向ける。
「なら、私たちもその橋の一部になるわ」
「うん。森を守るってことは、この世界の優しさを守るってことだもんね」
「……ありがとう。みんな、大好き」
リーレンの瞳に、光が宿る。
それは森の秘密を知り、そしてその願いに寄り添ってくれた仲間たちへの、心からの感謝だった。
◆ ◆ ◆
祝福の夜は、やがて静けさと共に深まり――
森の歌声とともに、新たな絆が静かに芽吹いていく。
星の丘に、今、新たな誓いが刻まれた。




