第58話 冒険者ギルド本部 強すぎる力は警戒される!
『英雄たちとギルドの審問室』
王都ルメリアの中心部に構える大理石造りの冒険者ギルド本部。
その威風堂々たる正門を、朝の光の下でくぐったのは、銀髪の剣聖カール=キリトと、その婚約者たち――白銀の聖女セリアと、紅翼の魔族リーリアンであった。
「今日は正式な面談だって言ってたけど、なんだか……」
セリアは肩をすくめながら、ギルド内部の厳かな空気を感じ取っていた。
受付で案内を受けると、三人は面談室へと通された。そこは装飾を抑えた質素な部屋で、木製の長机の向こうに三人のギルド幹部が座っていた。
中央にいたのは、ギルド支部長バルド。白髪に近い金髪を後ろに流し、金縁の眼鏡をかけた厳格そうな男だった。
「君たちが……ダラハルの“魔王の墓地”を攻略した者たちか」
「はい、剣聖カール=キリトです。こちらは、白銀の聖女セリア=ルゼリア=ノルド。そちらが、魔族であるリーリアン=フリーソウ侯爵令嬢です」
カールは落ち着いた声で答える。
バルドは、軽くうなずいた。
「では、さっそく本題に入らせてもらおう。今回の件で、王都の魔力警戒網が異常反応を検知した。特に、“紅翼の魔族”――つまり君だな、リーリアン嬢」
バルドの視線は冷ややかだった。
だが、リーリアンは一歩も引かず、正面を見据えて口を開いた。
「はい。私が、魔王国の血族であり、“紅蓮の魔血”の覚醒者です。ですが、私は王都を脅かすつもりなどありません」
「言葉だけでは信用できない。君のその力――瘴気を消す能力があるとはいえ、万一制御を失えば、市街地が焼け野原になる可能性もある」
「なら、あなたは“人間の魔導師”にも同じことを言いますか?」
その言葉は、部屋の空気を一瞬凍らせた。
「……何?」
「制御を失えば暴走する。それは魔族だけに限った話じゃない。魔導士だって、剣士だって、誰だって――力を持てば、それは“可能性”になる。私はその責任を、自分で引き受ける覚悟がある。だからカールと一緒に戦ったの。誰かのために、力を使いたいって思ったから」
彼女の声には、偽りがなかった。
それを受けて、セリアが静かに言葉を継ぐ。
「私は聖女として、“白銀の守護術”を学び、身に付けました。けれど、その力もまた、使い方次第では恐怖を与える。……私たちは、力そのものじゃなく、“どう使うか”を問われるべきじゃないですか?」
バルドは静かに目を閉じ、数秒の沈黙のあと、口を開いた。
「……意見は理解した。ただし、我々も組織として“記録”を残す必要がある。君たちの行動は、すでに高位ランクの案件として報告されている。今回は例外的に、ギルド長官より直接通達が下りた」
そう言って、彼は脇にあった巻物を机に置いた。
「王都ギルドは、リーリアン=フリーソウを“人間界との協定下にある協力者”として、特例登録する。条件はひとつ。今後、彼女の行動は必ずカール=キリトの監督下に置かれること。……反論はあるか?」
「ないよ。それが一番、自然だと思う」
リーリアンが答える。カールも頷いた。
「俺が責任を持って彼女を導く。それが俺の意思であり、信念だ」
バルドはふっと表情を緩めた。
「……君たちは、まだ若い。だが、その言葉に嘘はないようだ。私もかつて、信じた仲間と戦場に立った。最後まで共に歩めたかは……さて、どうだったか」
遠い昔を思い出すように、彼は目を細めた。
やがて、巻物に刻印を押すと、面談は終了を告げられた。
***
面談室を出ると、ギルドの廊下には数人の冒険者たちが立っていた。中には、訝しげな視線を送る者もいた。
「なぁ、あれが“紅翼の魔族”か……?」
「見ろよ、隣にいるのは“白銀の聖女”だぞ。マジで本物だ」
「やっぱすげぇ……カール=キリトって、伝説になるかもな」
その声が耳に届いても、カールたちは足を止めずに歩き続けた。
「カール。あたし、もう逃げない。怖くても、不安でも……あんたと一緒に、ここで生きていくよ」
リーリアンの紅い瞳は、まっすぐカールを見ていた。
「俺たちは、仲間だからな」
カールが言うと、セリアも微笑んでうなずいた。
「ええ。三人でなら、きっとどこまでも行けるわ」
外に出ると、春の風が三人の頬を撫でていった。
王都の空は晴れていた。今日も――明日も。




