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第18話 リリス視点:舞踏会にて、黒衣の亡霊

◆リリス視点:舞踏会にて、黒衣の亡霊◆


 その夜、王都ルメリアの空には星々が瞬いていた。舞踏会の光が、夜の街を金色に染める。私は白銀のドレスを纏い、優雅な笑みを浮かべていた。伯爵令嬢として生まれ、磨き抜かれた礼儀と所作で、この華やかな社交界の中心に立つ。それが私、リリス・リースの“当然”であり、“正義”だった。


 誰もが私に視線を向ける。軽く会釈をすれば、令嬢たちは笑みを返し、騎士たちは紅潮した顔で視線を逸らす。それこそが“私の世界”の正しさだった。


 ……彼が現れるまでは。


 重い扉の軋みと共に、空気が変わった。音楽がかすかに揺らぎ、会話が止まり、空間が凍る。


 何……?


 誰かが入ってきた。視線を向けると、そこにいたのは――黒。夜のごとき漆黒の軍装。腰には銀の剣、背筋はまっすぐで、あの頃の頼りなさなど微塵もない。


 あれは……カール? 


 まさか。あの無能と笑われ、王都を追われた男が……あのカール=キリトが、こんなにも威厳に満ちて?


 信じたくなかった。だが、彼の瞳を見た瞬間、私は直感した。あれは、私がかつて切り捨てた男。だが、もう“あの頃のカール”ではなかった。


 彼は導かれることなく、堂々と中央へ進み出た。そして、会場に響くその声。


「本日は、一つの謝罪と、清算の場を設けさせていただきました。」


 ざわめき。視線が彼へ集中する中、私は背筋が冷えるのを感じた。


「リリス・リース嬢。あなたには、かつて私との婚約を一方的に破棄し、名誉を地に落とした件について、王都の前で説明と謝罪を願います。」


 ……なにを言っているの? どうして今更、そんな……。


 口元が引きつり、手にしていたグラスが震えた。落としそうになるのをなんとか持ち直し、反射的に叫んだ。


「な、何を言って――っ! あれは、あなたが無能だったからで……!」


 けれど、言葉の続きを遮るように、彼が片手を掲げた。


 その瞬間、天井に魔法陣が輝き、空中に映像が投影される。あの日の……あの卒業式の日の……。


 私がダンガー子爵と並び、カールを嘲笑った場面。彼を“平民まがい”と見下し、婚約を破棄して、拍手すら浴びた瞬間が、何の加工もない形で――晒された。


 血の気が、すっと引いた。


 あの場にいた全ての者が、私の醜さを目にした。貴族としての誇りを――女としての矜持を、容赦なく剥ぎ取られた。


 カールの声が、静かに響く。


「……貴族の名を汚され、真実が歪められたままではならぬと考え、ここに公開させていただきました。」


 どうして……。こんな形で、私を――。


 けれど、私は知っている。これは彼なりの“決着”なのだ。力で押し潰すでもなく、血を流すでもなく、“真実”という刃で私を断罪した。


 そして、会場にいた老伯爵が口を開く。


「キリト卿、あなたの誠実と剣に敬意を。……これは、真の騎士の姿だ。」


 その言葉を皮切りに、拍手が起こった。


 私は、その輪の外にいた。どこまでも冷たく、誰一人として私に助け舟を出す者はいない。


 くすくすと、誰かが笑った気がした。


 ……どうして。どうしてあんな男が、こんなにも変わるの?


 あの時、私が「もう少しだけ待って」そう言えば、何かが違ったのだろうか。いや、違わない。私は彼を選ばなかった。見下した。切り捨てた。


 その報いが、今、こうして目の前にある。


 カールはもう、私の知るカールではない。彼は、私の手の届かない場所にいる。


 私はただ、黙って唇を噛みしめることしかできなかった。


 悔しさ。怒り。悲しみ。そして――かすかな、未練。


 夜の空に刻まれた新たな伝説。それは、私という“過去”を乗り越えた彼の物語。


 だからこそ私は、この場で一番醜く、惨めな存在だった。

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