第54話 ダラハルの墓地の試練に挑む
『魔王の墓地――魔血の誓い』
朝露に濡れた森を、静かに歩く一行があった。
カール=キリトは先頭で、鋭く前を見据えていた。右手の甲に刻まれたウロボロスの契約紋が、墓地に近づくにつれ淡く脈動する。銀の髪が朝の光に揺れ、剣士としての気迫を滲ませる彼の背を、二人の少女が追っていた。
一人は、白銀の聖女――セリア=ルゼリア=ノルド。白銀のローブの裾を翻しながら、静かに歩いている。その瞳はどこまでも澄んでいて、冷静でありながらも、愛する人の隣に立つ決意に満ちていた。
そしてもう一人が、魔族の血を引くリーリアン=フリーソウ。ピンク色の髪と小さな角を揺らしながら、唇を軽く噛んでいた。胸の奥がざわついている。ここに来た理由は明確だ。ダラハルの魔王の墓地――そこに、自分の“魔血”の源がある。
そして、決着をつけなければならない。
「……見えてきたね」
セリアの声に、木々の間から、巨大な石造りの門が姿を現した。それはまるで、世界そのものに拒絶されているかのように、空間の歪みを纏っていた。
「これが……ダラハルの墓地か」
カールが呟いた。石の門には古代魔族の文字が刻まれている。“ここに眠るは、魔王とその継承者なり”と。
「行くよ、リーリアン」
彼が一歩踏み出すと、門が音もなく開いた。その奥は暗く、深い。まるで、すべてを飲み込もうとする奈落。
「……うん」
リーリアンは頷いた。カールの隣に並び、セリアがその背を守るようについてくる。
足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
冷たい。骨の奥まで染みるような、冷たさ。
ルゥがカールの肩に飛び乗った。
「この中、ヤバいよカール。なんか……ううん、誰かが見てる気がする」
「気を抜くな。ここからは、試練そのものだ」
奥へと進むにつれ、壁に灯る青白い火の灯が彼らを照らしていた。そして、広間に出たとき――それは突然起きた。
空気が震え、床に黒い紋様が広がった。闇の魔力。リーリアンの足元が輝き、彼女の身体がふわりと浮かび上がった。
「リーリアン!」
カールが手を伸ばすが、不可視の結界に阻まれる。
「これは……私だけの試練よ。止めないで」
彼女は振り向き、笑った。その笑顔は震えていたが、確かに強かった。
「魔族の血を持つ者よ――その力を受け入れよ」
空間に響く、低い声。まるで、過去から届いた魂の声。
闇の中から現れたのは、一人の女性だった。黒いドレスに、血のような紅の髪。リーリアンに似ていたが、表情は冷たい。
「私は、第一魔王妃アルディナ。おまえの祖先にあたる者だ」
「あなたが……」
「おまえに問う。魔族の誇りとは何か」
その声に、リーリアンは拳を握る。
「誇り……それは、力に酔うことじゃない。欲望に従うことでもない。誰かを守るために、その力を使うこと。それが、あたしの誇り!」
その瞬間、黒い霧が渦巻き、彼女の胸に突き刺さるような痛みが走った。
「ならば、その血を受け入れろ。さもなくば、おまえはこの地に消える」
リーリアンは叫びを上げ、膝をついた。体内で何かが暴れている。狂気、怒り、憎悪――魔族の負の感情が、血を通して彼女を試していた。
「くそっ、あたしは……負けない!」
カールとセリアの姿が、心に浮かぶ。優しく手を伸ばしてくれた彼。静かに寄り添ってくれた彼女。
「この力は……あたしのもの! 誰のものでもない!」
彼女が叫ぶと、胸から紅い光があふれ出した。それは魔血の覚醒――しかし、暴走ではなかった。彼女がその力を“受け入れた”証。
黒い霧が吹き飛び、アルディナの姿もまた、霧のように消えていった。
「……よくやった、娘よ」
その言葉を最後に、広間の魔力は消え、結界も解除された。
カールとセリアが駆け寄り、リーリアンを抱きしめる。
「……あたし、見たの。あたしの中の、怒りや悲しみ。でも、それでもいいって思えたの。カール、ありがとう……隣にいてくれて」
「リーリアン……よく、戻ってきた」
セリアもそっと手を重ねる。
「もう、ひとりじゃないんだから。あたしも、あなたの力になりたい」
リーリアンの瞳から涙がこぼれた。だが、それは弱さの証ではなかった。
それは、強くなった証。
こうして――カールたちは、それぞれの力を持って、新たな絆で結ばれた。
魔王の墓地は静かに、その扉を閉じた。
そして、世界の命運を左右する戦いへと、物語はさらに動き出す。




