第53話 妖精の村での休憩
『銀の契約者と死の王――妖精の村にて』
夜の帳が降り、淡い光に包まれた妖精たちの村は、静寂と魔力の波動が満ちる幻想的な場所だった。
カール=キリトは、銀の髪を風に揺らしながら、村の中心にある大樹の根元で目を閉じていた。右手の甲に刻まれた契約の紋――ウロボロスとの契約印が、まるで鼓動のように淡い光を放っている。そこに近づいてきたのは、長い銀髪を持つ少女。セリア=ルゼリア=ノルド。かつて“氷の魔女”と恐れられた彼女は、今では“白銀の聖女”として人々の祝福を受ける存在だ。
「カール、明日の準備はできてる?」
そう尋ねたセリアは、白銀のローブを揺らしながら、彼の隣に腰を下ろした。足元には淡い魔法陣が浮かび上がり、六芒星と花の紋様がほのかに輝いていた。彼女が使う守護の魔法『プロテクティア』の痕跡だ。
「ああ。けど、あのグリムノートってやつ……今までの敵とは格が違った」
「死の王、ね。さすがは魔王の墓地を守る存在……でも、もう倒したんでしょう?」
カールは頷いた。死の王グリムノートは、ダラハルの魔王の墓地を守護していた不死の存在。墓地を巡る魔力の流れを利用して力を得ており、墓地周辺の制圧を進めていた。だが、セレーナス――妖精の女王の導きによりその存在を突き止め、カールたちはこれを撃破することに成功した。
だが、その戦いは一筋縄ではいかなかった。
「グリムノートの剣、一撃で俺の剣ごと弾かれた。あの力、墓地の魔力そのものを取り込んでたな」
「でも、あたしたちの連携があったから勝てたのよ。忘れないで。……私、今のカールが大好きよ」
セリアがそっと手を伸ばし、彼の甲に触れる。その瞬間、カールの胸の奥がじんわりと熱くなった。
そこに、ピンク色の髪が揺れながら近づいてくる少女がいた。角のあるその姿は、魔族の血を示す証。リーリアン=フリーソウ侯爵令嬢であり、カールのもう一人の婚約者である。
「やれやれ、イチャつくのはもう少し控えてくれないかしら。あたしだって、少しは甘えたいんだから」
そう言って、リーリアンはふわりとカールの反対側に腰を下ろした。目には不安の色がわずかに浮かんでいる。
「……明日、墓地に入るのね。あそこには、あたしの“魔血”が眠っているかもしれない」
「覚悟は、いいか?」
「ええ。どんな試練が来たって、あたしはフリーソウの血を受け入れる。だって――カールの隣に立つためには、それしかないんだもの」
そう語る彼女の声には決意が込められていた。ダラハルの魔王の墓地。それは、かつて強大な魔王たちが眠り、彼らの魂や力が渦巻く禁断の地。その深奥には、魔族の血にまつわる試練があると言われている。
「リーリアンなら、きっと乗り越えられる。俺がそう信じてる」
「ふふ、そんなふうに言われたら……照れるわね」
その時、小さな足音が三人のもとに響いた。
「カールー!おなかすいたー!」
もこもことした毛並み、つぶらな瞳、子犬の姿をしたフェンリル――ルゥが駆け寄ってきた。彼は人間の言葉を話す不思議な存在で、いつもカールのそばにいる相棒のような存在だった。
「ルゥ、さっき妖精たちの食堂でクッキーもらってたじゃないか」
「アレはおやつ! 今は晩ごはんタイムなんだよ!」
くるくるとしっぽを振りながら訴えるルゥに、リーリアンが苦笑して立ち上がった。
「仕方ないわね。あたし、少しキッチンを借りてくる。セリア、手伝って」
「もちろん。カールは待っててね」
そうして二人の少女が妖精の住まう木の家へ向かって歩き出したあと、カールは大樹を見上げてつぶやいた。
「明日、か……」
夜空を見上げれば、満天の星がきらめいている。どこかで誰かが奏でる笛の音が、村全体を優しく包んでいた。
――死の王を超えた先にあるもの。
それは、さらなる戦いか、希望か。それとも――彼女たちの未来か。
カールは手のひらを握りしめた。
「絶対に、誰も傷つけさせない。……この手で守る。セリアも、リーリアンも、ルゥも、全部だ」
その誓いに呼応するかのように、彼の契約印がひときわ強く、白銀の光を放った。
翌朝。試練の扉が、静かに、音もなく開かれる。




