第51話 第二王子シュナイダー謁見に参上する
玉座の間の扉が、重々しい音を立てて開いた。
魔王ガンダーンは目を伏せたまま、沈黙していた。だが、その威圧は変わらぬまま、玉座の間全体を圧していた。
やがて、衛兵の声が響いた。
「第二王子シュナイダー、謁見に参上――」
「……その名を口にするな」
ガンダーンの低い一言で、声が凍りついた。兵士は膝をつき、押し黙る。王の声は、もはや“父”のものではなかった。国家そのものの咆哮であり、断罪であった。
ガンダーンはゆっくりと目を開け、前に立つ男を睨んだ。黄金の髪をなびかせ、豪奢な衣を纏った青年――第二王子シュナイダー。その眉には自負が刻まれている。
「……お呼びとのこと、父上。いえ、陛下」
礼を取る声にも、どこか慢心が残っていた。
それが、ガンダーンの癇に障った。
「貴様は、何をしていた」
短く、鋭く。
「……フェルーナ嬢の訴えを受け、魔族の秩序を守るため、令嬢リーリアンを追放処分としました」
あくまで堂々とした返答。だがそれを聞いた瞬間、ガンダーンの魔力が爆ぜた。
空気が震え、石の床がひび割れた。玉座の間にいたすべての者が、立っていられず膝をつく。シュナイダーも反射的に後退りした。
「秩序だと? 貴様が壊したのは、我が軍の結束そのものだ!」
怒声が轟く。
「フェルーナなる小娘の虚言を見抜けず、リーリアンという才女を捨てた。その結果、何が起こったか分かっているのか、シュナイダー!」
王の声が刃のように切り裂く。
「ウロボロスは人間に与し、グリムノートは敗れた! あの娘――リーリアンは人間たちと共に、我が軍の象徴を倒したのだ!」
目を見開くシュナイダー。その顔に、初めて動揺が浮かぶ。
「な、何を……? ウロボロスが? 死の王が……?」
「知らなかったのか? その程度の情報すら把握しておらぬのか、貴様は!」
雷鳴のごとき怒声が響くたび、天井の燭台が揺れる。
「しかも、リーリアンが狙うは《魔王国武術大会》! この国の未来を左右する決戦に、貴様が追放した少女が挑もうとしているのだ!」
王は立ち上がった。その巨躯がシュナイダーに迫る。
「なぜ、フェルーナの言葉を盲信した? なぜ、自らの目で真実を見ようとしなかった?」
「し、しかし私は……王族の威光を守るために……」
「その威光は今や、地に落ちた! 民は貴様を笑っている。“愚王子”と蔑み、リーリアンを次代の魔王と呼んでいる!」
シュナイダーの顔色が蒼白になる。
「ま、待ってください、父上! 私には、まだ、まだなすべきことが――」
その言葉を、王の一喝が遮る。
「貴様に“父上”と呼ばれる資格などない!」
沈黙。空気が裂けるような静寂が支配する。
ガンダーンは玉座へ戻り、ゆっくりと腰を下ろした。そして、最後通告のように言い放つ。
「本日をもって、シュナイダーの王族としての権利を剥奪する。王子の地位も、名も、家紋も、すべて没収だ」
「なっ……!?」
シュナイダーの口が絶望に開かれる。
「お前はもはや王家の者ではない。“庶民”として生きるがよい」
その一言に、血の気が引いたように顔が蒼ざめる。
「そ、そんな……わ、私は……この私が……!」
取り乱す声が、玉座の間に虚しく響く。
だが、ガンダーンは冷徹だった。
「勘違いするな。これは罰ではない。浄化だ。腐りかけた果実は、切り落とさねば全体が腐る」
声が凍てつく。
「貴様には、この国を導く資格がなかった。それだけのことだ」
沈黙が続く。
やがて、ガンダーンは手をひと振りした。
「連れて行け。追放の準備を進めよ」
衛兵たちが無言で近づく。もはやシュナイダーに抵抗の意思はなかった。ただ呆然と、すべてを奪われた現実に呑まれていた。
王族としての誇りも、名誉も、未来も――全てが、その場で打ち砕かれた。
扉が閉まり、沈黙が再び玉座の間を包んだ。
ガンダーンはただ一言、低く呟いた。
「……リーリアン。この国を変えたいと願うなら、見せてみよ。お前の誇りと、力と、真価を」
その目は、もはや過去ではなく、未来を見つめていた。




