第46話 妖精の女王セレーナスからの依頼
『黒き王、結界の外にて』
妖精の村は、静寂と光に包まれていた。
遥かな大樹が空を覆い、淡い緑の霧が森全体に漂っている。ここは人の手が及ばぬ神域。空気は柔らかく温かいが、どこか緊張をはらんでいた。
村の中心、聖なる晶殿。その根元に広がる祈りの場にて、銀髪の剣聖カール=キリトと、その婚約者たち――白銀の聖女セリア=ルゼリア=ノルド、魔族の令嬢リーリアン=フリーソウ、そしてフェンリルの子犬・ルゥが、妖精の女王セレーナスと向かい合っていた。
「よくぞ参りました。試練を越えし者たちよ」
セレーナスの声は、風が木の葉をなでるような優しい響きだった。しかし、その美しい顔には憂いの色が浮かんでいた。
「本来ならば、あなた方に祝福と休息を与えるべき時。しかし……我らの村は今、“脅威”にさらされております」
カールは一歩進み出て、真っ直ぐに女王を見つめる。その右手の甲では、ウロボロスの契約紋が淡く光を放っていた。
「脅威……とは?」
「結界の北、朽ちた神樹の谷に“死の王”が現れました」
その言葉に、場の空気が張り詰める。ルゥの小さな耳がピクリと動いた。
「死の王……?」セリアが小さくつぶやく。
「アンデッドの支配者、グリムノート。かつての魔王軍の副将にして、滅びを拒む不死の存在です。彼が封印の地より這い出し、我らが結界に干渉し始めました。このままでは、妖精の村すら脅かされる恐れがあります」
セレーナスは静かに頭を下げた。
「私たちには、彼を討つだけの力がない。どうか――世界に選ばれし者たちよ、我らに力をお貸しください」
その言葉に、ルゥが前に一歩跳ね出た。
「カール、やるんだろ?あいつ、村のみんなを怖がらせてるんだ。ボク、許せないよ」
カールは微笑み、ルゥの頭を優しく撫でた。
「ああ、行こう。俺たちがやるしかない。……ここを守るために」
セリアはカールの隣に立ち、静かにうなずく。その足元に淡い光が広がり、六芒星の魔法陣と花の紋様が浮かび上がる。
「私は“白銀の守り手”。未来を守るために戦うと、決めたの」
リーリアンは小さく笑い、腕を組んで言った。
「アンデッドの王ね。面白くなってきたじゃない。カール、しっかり守ってね。私たち三人とも」
カールはわずかに頬を赤らめながらも、真剣なまなざしで仲間たちを見渡す。
「……任せてくれ。絶対に、誰も傷つけさせない」
セレーナスは、三人と一匹に深く頭を下げた。
「感謝します。古の道を通り、朽ちた神樹の谷へ向かってください。どうか、ご無事で……」
こうして、カールたちは妖精の結界を守るべく、再び剣と魔法を手に立ち上がった。
それは、ただの討伐ではなかった。グリムノート――不死の王との戦いは、やがて彼らの運命を大きく揺るがすことになる。
月の光が森を照らし、彼らの影を長く伸ばす。その先に待つ闇に、カールはひとつ息を吐いた。
「行こう。みんな」
その声に、三人と一匹がうなずいた。
試練の続きが、静かに、だが確かに始まろうとしていた。




