第17話 ダンガー子爵への裁き
ダンガー子爵への裁き
煌びやかな舞踏会の会場。その空気が、一瞬にして凍りつく。
宰相の命を受けたカール=キリトが取り出した魔導映像の結晶には、あまりにも生々しい映像が映し出されていた。貴族としてあるまじき、倫理を逸脱した行為。そして、そこに映っていたのは――ダンガー子爵と、複数の貴族令嬢たち。
「ば、馬鹿な……!」
その場にいたダンガー子爵が、青ざめた顔で立ち上がる。
「これは偽造だ! 魔術師ギルドと結託した陰謀だ! 我々はただ、愛し合って――!」
だが、言い訳は最後まで口にできなかった。
「“愛し合っていた”と言うが、君がその後、同様の手口で複数の令嬢に近づいていた記録がある。」
カールの声音は冷たいが、確かな怒りを含んでいた。
彼が手をかざすと、空中に新たな映像が次々と映し出される。ギルド関係者、魔術師協会、果ては複数の令嬢から寄せられた証言。令嬢の家族たちが提出した嘆願書と、詐欺的な借用書類。
「これだけの証拠が揃って、まだ言い逃れをするか?」
ダンガー子爵の顔は、もはや死人のように白い。
「く……くそっ……!」
震える声を残し、子爵はその場で崩れかけた。カールはその様を見て、ふぅと一つ息を吐く。
「騎士団長殿。あとは、お願いします。」
その一言で、王国騎士団が動いた。
数名の騎士たちが子爵の両腕を取る。暴れる気力すらないのか、ダンガー子爵はなすがままに連行されていく。罪状は、貴族詐欺、背任、不敬罪。王国法に照らしても、免れぬ重罪だ。
その光景を、ただ呆然と見つめていた少女が一人。
リリス。
美しく着飾ったその姿は、今や形骸に過ぎない。かつて、カールの婚約者だった彼女は、目の前で全てを失っていた。
「ま、待って……カール……!」
彼女は膝をつき、紅のドレスの裾を汚しながら、震える声で縋る。
「お願い……やり直せない……? わたし、まだ……あなたのことを……!」
カールは一度だけ彼女に目を向けた。その瞳に、怒りも悲しみもない。ただ、凍てついたような静けさがあった。
「リリス。君の言葉は、剣聖の目ですら見抜けなかった。だが、今は違う。」
淡々と語る彼の言葉が、ナイフのように彼女の胸に突き刺さる。
「君が俺を切り捨てたあの日――あの瞬間、全ては終わっていた。」
カールはゆっくりと背を向けた。
「もう、君の名を口にすることもない。」
リリスは、その場に崩れ落ちた。目から溢れる涙は、装飾されたマスクを濡らし、床に静かに落ちる。
舞踏会の華やかな音楽は、いつの間にか止んでいた。誰も彼女に声をかけない。人々の視線は、彼女にではなく、静かにその場を去っていく黒衣の剣聖――カールに向けられていた。
その場に残されたのは、取り残された敗者のすすり泣きと、失われた過去の残響だけだった。
エピローグ
この一件により、リース伯爵家は没落。
ダンガー子爵家は断絶。
カール=キリトは“剣聖”として名実ともに名誉を挽回した。
だがその影では、彼の血筋にまつわる秘密、そして“魔王復活”の兆しが迫りつつあった――。




