第43話 翠の門を越えて――妖精の村への試練
『翠の門を越えて――妖精の村への試練』
深き森の奥、霧が立ち込める獣道の中を、カールたちは慎重に歩みを進めていた。
導きの石が発する淡い光だけが、正しい進路を示す唯一の道標だった。
セリアはふと、立ち止まった。
――風が変わった。
それは確かに感じられた。森の空気が澄み、湿った匂いが消え、どこか懐かしさを帯びた風が頬を撫でていく。
彼女が歩を進めようとした、その瞬間――。
「ここより先は、外の者、通すことは叶わぬ」
木々の間から浮かび上がった光の輪。その中から、小さな妖精が現れた。背に透き通る羽を持ち、全身がまばゆい緑に包まれている。
「貴方たちが、導きの石を持つ者……しかし、それだけでは、村の門をくぐるには不十分です。心の証、魂の清らかさ。それを示す“試練”を受けなければなりません」
妖精の声は幼く、しかしどこか厳かだった。
「試練……ですか?」
セリアが一歩前に出た。すると、妖精はその瞳を見つめ返す。
「はい、貴方に受けていただきます。魔力だけでなく、心もまた、この森に迎え入れられる価値があるかを……証明してください」
その瞬間、森の空間が歪み、セリアの周囲が光に包まれた。
◆ ◆ ◆
目を開けた先は、先ほどまでいた森ではなかった。
そこは、灰に包まれた焦土だった。瓦礫の山、崩れた塔、焼け焦げた大地。あたり一面が、過去に見たどの戦場よりも酷く、悲惨だった。
「これは……私の記憶……?」
彼女の声に応じるように、一人の少女が立ち上がった。幼い頃のセリア自身だった。
「あなたは……戦うことを選んだ。力を手にして、敵を倒して、仲間を守った。でも……失ったものも多かった。ほんとうに、それでよかったの?」
少女は問いかける。
その問いに、セリアは言葉を返せなかった。
――本当に、守れたのだろうか。
仲間たちは、生き延びた。でも、その過程で多くの命を奪った。己の魔法が、人を斬り、凍らせ、沈黙させた。
「ここは、お前自身の心の内。お前の魔法が何をもたらしたかを知る場。光も、闇も、すべてを受け止め、答えを出すのだ」
再び、声が響く。
セリアの目の前に、かつて倒した魔族の影が現れる。彼らは叫び、憎しみを向けて襲いかかってきた。
セリアは反射的に氷の魔法を放とうとする――だが、その手が震える。
「……違う。私はもう、同じことは繰り返さない」
そう言って彼女は右手を下ろし、胸に手を当てた。
「力は、ただの手段。私は誰かを殺すためではなく、誰かを守るために、この力を選びたい」
その瞬間、彼女の足元に白銀の魔法陣が浮かび上がった。
「“守護の環”!」
輝く結界が展開され、襲いかかってきた魔族の幻影を、優しく包み込む。怒りも憎しみも、その光に触れることで、まるで雪解けのように静まっていった。
幻影たちは、目を閉じて微笑みながら、光の粒となって空へと還っていく。
「……ありがとう」
誰かの声が聞こえた気がした。
◆ ◆ ◆
次の瞬間、セリアの意識は現実へと戻ってきた。
そこは、先ほどまでの森――だが、霧は晴れ、木々の葉が黄金色に輝いていた。
「よくぞ超えました。心の影を否定せず、光に変えた貴女の選択。それこそが、妖精の村へ至る資格」
妖精が静かに微笑む。
「……私は、もう迷いません。これが私の歩む道」
「その確かなる心、我らは認めましょう」
すると、緑の蔦で覆われていた木々が左右に開かれ、森の奥へと続く美しい小道が現れる。
陽光が差し込み、遠くには、花々と光の粒に包まれた幻想的な村が見えていた。
「……セリア、大丈夫だったか?」
待っていたカールが駆け寄り、彼女の肩に手を添えた。
「ええ、大丈夫。……いいえ、今までで一番、私らしいかもしれない」
セリアはそう微笑み、導きの石を手に取る。
石は、新たな光を帯びて、彼女の選択を祝福していた。
「行きましょう。妖精の村へ。……そして、女王の試練を受けに」
彼女の言葉に、仲間たちは静かに頷いた。
こうして一行は、セリアの覚悟を胸に、森の奥――妖精の村へと歩を進めていく。
未来を変える、最後の試練が待つ場所へ――。




