第39話 見張り塔の試練
『白銀の門を越えて・――見張り塔の試練』
森を抜けた先に、それはぽつんと建っていた。
――見張り塔。
雪原の中に忽然と現れた白銀の塔は、まるでこの世のものとは思えない神秘的な雰囲気を漂わせていた。石造りでありながら氷のように冷たく澄んでおり、表面には古代文字のような模様が無数に刻まれている。
「これが……アイスブルーの見張り塔……」
セリアが見上げて、感嘆の息を漏らす。
「なんか……時間が止まってるみたい」
リーリアンが塔に近づき、そっと手を触れようとした瞬間――。
塔の扉が、音もなく開いた。
ぎぃ……という重々しい音もなく、ただ空気が流れるように。
「……誰か、いるの?」
ルゥが毛を逆立て、警戒の唸りを上げる。
「いや、違う。これは“招かれている”気配だ。試練が始まるぞ」
カールが剣に手をかけ、仲間たちとともに塔の中へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
内部は想像以上に広く、天井は高く、光源もないのに淡い蒼い光に満ちていた。
中央には、浮かぶ氷の台座。そして、その上には――。
「……あれが、“導きの石”?」
リーリアンがつぶやく。
台座の上に鎮座していたのは、拳大の水晶のような石。だが、ただの石ではない。その中には、雪のような光が舞っており、どこか“生きている”かのように脈動している。
「……ちょっと待って。誰か、いる」
セリアが呟いた。
氷の壁の一角が揺らぎ、そこから一人の女性が現れた。
長い白銀の髪。青白い肌。透明な羽衣をまとう、幻想的な存在。
「わたしは“試練の巫女”。この塔を守る者」
その声は、風のように耳に届く。
「“導きの石”を求めし者たちよ。問います」
巫女はゆるやかに指を掲げる。
「あなた方が望む“力”とは、誰かを傷つける力ですか? それとも、守る力ですか?」
カールは、わずかに目を細めて答えた。
「俺たちが欲しいのは、“守るため”の力だ。仲間のために、誰かの希望のために」
「……即答、ですね」
巫女は、すっと目を閉じた。そして、空気が震えた。
次の瞬間――。
塔の空間が、まるで別の世界に変わった。
◇ ◇ ◇
白い空間に、ひとり立っていたのはカールだった。
――セリアも、リーリアンも、ルゥもいない。
「ここは……?」
霧のような床、ぼんやりと揺れる空間。足元があるようでないような不安定な場所。
そして、霧の中から現れたのは――もう一人の“自分”だった。
「お前が……俺?」
その影は笑った。
「違うさ。お前が捨てたもの、目を背けたもの。それが“俺”だ」
影は剣を抜き、構えた。
「さあ、“お前自身”を超えてみろ」
――試練。それは“己”との戦い。
カールは剣を抜き、走り出す。
振るう剣の重さも、魔力の流れも同じ。相手はまさに、自分そのもの。
だが、影の放った言葉が胸を抉る。
「お前は、本当は“恐れている”。大切なものを守れず、また失うことを」
「……!」
「セリアも、リーリアンも、ルゥも。いざというとき、お前に守れるのか? 剣一本で、“全部”背負えると思ってるのか?」
心の奥の痛みが、剣の動きを鈍らせる。
――だが。
そのとき、遠くから声が聞こえた。
「カール、信じてるわ」
「あなたの剣は、まっすぐだから――だから、私はついていくの!」
「お前なら、超えられるって知ってるぞ!」
セリア、リーリアン、ルゥの声が、空間の霧を晴らしていく。
「……ああ。そうだ。俺は一人じゃない」
カールの剣が輝く。
「だから、恐れを力に変えてみせる!」
閃光が走った。
影は、にやりと笑って、霧に溶けるように消えた。
◇ ◇ ◇
塔の中央、元の空間に戻ってきたカールは、はっと目を開けた。
「カール!」
セリアが、駆け寄ってきた。リーリアンもルゥも、無事だった。
「みんなも、試練を?」
「うん。わたしは“自分の傲慢さ”と向き合ったわ」
「私は“愛”って言葉の意味を……たぶん、初めて知ったかも」
リーリアンがぽつりとつぶやく。
そのとき、巫女がふわりと微笑んだ。
「あなたたちは、己の心に打ち勝ちました。では、“導きの石”を授けましょう」
氷の台座が音もなく下がり、カールの前に石が差し出される。
その中に舞う光は、かつてよりも鮮やかに、力強く脈打っていた。
「これは……」
「“導きの石”は、心の迷いを映す鏡。手にする者の在り方で、その力を変えるでしょう」
巫女はふわりと後退し、塔の壁に溶けるように消えていく。
「さあ、旅は続きます。まだ“真の力”に至るには、三つの鍵が必要」
「これは、第一の鍵……ってことか」
ルゥが呟き、皆がうなずく。
“導きの石”が浮かび、カールの胸元に吸い込まれるようにして収まった。不思議な暖かさが胸に宿る。
「これが……力。でも、これは“俺たち”で手に入れたものだ」
カールはゆっくりと塔を後にする。
雪は、もう止んでいた。
白銀の空の下――新たな旅の幕開けが、音もなく訪れていた。




