第37話 魔族の辺境警備隊ヴェルトから見たカール=キリト一行
俺の名はヴェルト。魔族の辺境警備隊に所属する一介の歩哨兵だ。
いつものように山道の巡回を終え、転移門の周囲を見回っていたときだった。
空気が、ピンと張り詰めた。
風が止まり、空が鳴った。魔力が、まるで生き物のようにうねり始めたのだ。
「何か来るぞ!」
俺は即座に叫んだ。共に警備していた二人の兵も同様に気配を察したようで、槍を構えて木立の影に身を潜めた。
転移門へ向かって歩いてくる、四つの気配がある。
その中心にあるのは、人間――いや、それだけではない。
圧倒的な魔力の流れを感じた。どこかで、似た気配を……そう、ウロボロス様の神殿で感じたことがある。
足音が近づいてきた。
やがて、姿を現したのは――
「銀髪の剣士……?」
そして、その傍らには冷たい瞳の銀髪の女魔術師、さらに、明らかに高位の魔族の血を引く少女。
「あれは……」
俺の隣にいた年長の兵が、目を見開いた。
「リーリアン=フリーソウだ……! 魔王戦線の血族……フリーソウ侯爵の令嬢だ!」
何だって? あの誇り高き侯爵家の令嬢が、なぜ人間の一行に?
動揺しながらも、俺は三人の前に姿を現した。
「止まれ! ここは魔族の領域だ。転移門の使用は厳しく制限されている!」
剣士が前に出てきた。よく鍛えられた体躯、静かな目。こちらをまっすぐに見据えている。
「カール=キリト。氷湖を目指している。通してもらう」
落ち着いた声だった。だが、俺は構わず槍を向けた。
「許可がない限り、誰であれ通すわけには――」
そのとき、剣士の右手の甲が淡く光を放った。
金の紋章――蛇が己の尾を咥え、円環を成す――
「……ウ、ウロボロスの契約印!?」
俺は言葉を失った。
ウロボロス様とは、我ら魔族にとっても伝説に等しい存在だ。千年前の戦争の記録には、神と契約した存在として名が刻まれている。だがそれは、遠い昔の話……。
なぜ、人間がその印を持っている?
「本物……なのか……?」
印から放たれる魔力は、まさしく神聖で、厳かで、そして“真理の力”を帯びていた。
「そ、そんな……。ウロボロス様が……人間を認めたっていうのか……?」
隣の兵士が震える声でつぶやいた。俺もまた、槍を持つ手がわずかに震えた。
さらに、恐ろしいことにその人間の傍らにいる少女――リーリアンが、こちらを真っ直ぐに見て口を開いた。
「通しなさい。これは“導きの旅”。止める権利は、あなたたちにはないわ」
その声には、侯爵家の血族ならではの威厳があった。命令ではなく、宣言。立場の違いを押しつけるでもなく、それでも誰もが従うしかない、圧のある言葉。
……俺たちは、ただの兵士だ。貴族に逆らえるはずもない。
「……通れ。ただし、責任は取れないぞ」
それだけ言って、俺は槍を下ろした。
剣士――カールは、軽く頷いた。
やがて、彼らは転移門の前に立った。門はすでに活性化していた。魔法陣が脈動し、眩い白銀の光が地面にまで反射している。
「行くぞ、セリア、リーリアン、ルゥ」
「ええ、カール」
「……次は、きっと……氷の試練ね」
彼らの姿が光に包まれ、消える直前。
銀髪の剣士が、ふとこちらを振り返った。
その目は、どこまでも静かで――そして、揺るがない光を宿していた。
ああ、思い出した。
あの目を、俺は知っている。
千年前の叙事詩で語られた、選ばれし“剣聖”たち。
真理に挑む者の眼差しだった。
ウロボロス様が選ぶにふさわしい男――。
カール=キリト。
この名は、やがて我ら魔族の間でも、語り継がれるだろう。
そう確信しながら、俺は沈黙の中、白く輝く門の先を見つめ続けていた。




