第33話 カールキリト 獣人の村に討伐報告に行く
『白銀の森、影を裂いて』
―村に戻り、そして再び旅路へ―
影の獣が消え、黒き森に朝の光が差し始めた頃、カール=キリトたちは再び歩き出していた。
森の中を、ひんやりとした空気が流れる。が、それはもう瘴気の冷たさではない。セリア=ルゼリア=ノルドが手を伸ばすと、朝露が指先に触れた。
「……戻ろう、村へ」
カールの言葉に、ルゥがうんうんと頷いた。
「そうだな! 村の奴ら、きっと待ってるぞ!」
ピンク色の髪を揺らして、リーリアン=フリーソウが肩で息をつく。
「ったく、あの化け物……タフだったわね。でも、カールが無事でほんとによかった!」
カールは微笑んで、「みんなも、な」と答えた。
やがて木々が開け、見慣れた木柵と石造りの門が見えてくる。獣人たちの村――ラナス。小さな村だが、自然と共に生きる力強さを感じさせる場所。
「おーい! カールたちが戻ってきたぞ!」
見張り台から声が上がり、あっという間に村中が沸き立った。
「帰ってきた!」「討伐は!?」「生きてる……!」
その声に、カールは静かに頷く。
「影の獣は……倒した。もう、脅かされることはない」
一瞬、静寂が村を包む。
次の瞬間――
「おおおおおおっ!!!」
歓声と拍手が巻き起こった。子どもたちが走り回り、獣人の女性たちは涙をぬぐいながらカールたちに近づく。
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」
老人が手を震わせながら頭を下げた。
「この地を守ってくださったこと、一生忘れません……!」
カールはその頭をそっと支え、静かに笑う。
「……助けたかっただけです。あの影に喰われた命の分まで」
セリアが並んで頷いた。
「もう、大丈夫です。瘴気も、自然と薄れていくでしょう」
リーリアンは腰に手を当てて、少し得意げに言った。
「ま、あたしがいたからってのもあるわよね!」
「おれのことも忘れるなよ!」とルゥが吠え、村の子どもたちが「しゃべったああああ!」「すごい! フェンリルだ!」と目を輝かせる。
そのまま、村人たちの手で宴が開かれた。
焼いた獣肉の香ばしい匂い、果実の甘い香り。歌が流れ、踊りが始まり、夜の帳が降りても、村は灯りに包まれていた。
――村を守った英雄たちを迎える、ささやかな祝宴。
「……なに、このお肉。おいしい!」
セリアが目を丸くして感動する一方で、ルゥは丸焼きの鳥にかぶりついていた。
「うまいっ! もう一羽もらえるか?」
村の少年が笑いながら差し出す。
「ルゥ兄ちゃん、すっげー! また一緒にあそんで!」
「にいちゃん」呼ばわりされて、ルゥはなんだかくすぐったそうに笑っていた。
一方、カールとセリアは焚き火のそばで肩を並べて座っていた。
「……ねえ、カール」
「ん?」
「さっきの戦い……力に飲まれそうになってたでしょ。わたし、すごく怖かった」
カールは少し目を伏せ、右手の契約紋を見る。そこには、今もかすかにウロボロスの紋が光っていた。
「……ああ。でも、お前の声が、戻してくれた」
セリアは小さく微笑む。
「私、あなたの恋人だからね。どんな時だって、あなたを呼び戻すよ」
カールは照れくさそうに頭を掻いた。
「……頼もしいな、魔女さま」
「ふふっ、でしょ」
その頃、少し離れた場所では、リーリアンが角を撫でられてむくれていた。
「ちょ、ちょっと! なに触ってんのよ子どもたちー!」
「この角、すっごーい!」「きれいー!」と子どもたちはきゃあきゃあと笑い、リーリアンはぷくっと頬を膨らませた。
「もう……いいけど。カールのために我慢する……」
その目がふとカールとセリアの姿に向く。少しだけ寂しそうな顔。でも、すぐに元気よく笑った。
「まっ、旅はこれからよね!」
――そして夜が明けた。
再び旅立つ朝、カールたちは村人たちに見送られていた。
「また来てねー!」「気をつけて!」「ありがとー!」
あの少年が、小さな袋を差し出した。
「これ、薬草と干し肉……道中、役に立つと思って」
カールは優しく受け取り、少年の頭をそっと撫でた。
「ありがとう。また必ず来るよ」
朝霧の中、カールたちは歩き出す。
セリアが手を振る。ルゥが元気に吠える。リーリアンは振り向きもせず、前を見て進んでいく。
その背に、青空が広がっていた。
「……行こう。北の果て、“白銀の地”へ」
カールの声に、仲間たちが頷く。
旅はまだ、終わらない。
世界のどこかで、また誰かが救いを求めている。
そしてきっと――その先に、彼ら自身の運命が待っているのだから。




