第28話 王都ルメリアの冒険者ギルド本部へ行く
「氷湖の伝説と剣聖の決意」――カール、冒険者ギルドへ
王都ルメリアの中心部から北西へ数ブロック。古びた石造りの建物には、風に揺れる赤い旗と、金の双剣をかたどった紋章が掲げられていた。
ここが、王都最大の冒険者ギルド――“英雄の扉”本部である。
ギィ、と重々しい扉を押して入ると、広間は賑やかな声と、剣や鎧の金属音であふれていた。掲示板には魔獣討伐や薬草採取の依頼がびっしりと貼られ、カウンターでは受付嬢たちが忙しく冒険者たちを捌いている。
その一角。少し離れた窓際の席に、カール=キリトは歩み寄った。
「……久しぶりですね、バルドさん」
「おや。剣聖殿が直々に会いに来るとは、今日の茶も冷めそうにないな」
カールの呼びかけに、穏やかに応じたのは“知恵袋”の異名を持つ壮年の男、バルド=グランダスだった。元はS級冒険者だが、今はギルド本部の顧問を務めている。
「少し、尋ねたいことがありまして」
「察しはついている。……“シュネーレイアの氷湖”のことだろう?」
「はい。氷の精霊と契約する試練を受ける必要があるんです。セリアのために」
「氷の魔女殿の……ふむ。あの湖は、かつて精霊と人が盟を結んだ“凍てつく誓いの地”だ。だが、数百年も前に精霊の眠りにつき、今は誰も近づかない。理由は――」
「……行方不明者が出ているから、ですよね」
カールが言うと、バルドは驚きもせず、頷いた。
「知っていたか。あそこは、試される者の心を映す鏡。弱さがあれば、そのまま深い幻に取り込まれる」
「……彼女を行かせるのは、怖い。でも……」
拳を握りしめながら、カールはまっすぐにバルドを見つめた。
「それでも俺は、セリアがその試練を乗り越えるって信じてる。そして、その隣に……俺がいる」
「……若いってのは、いいな」
バルドは苦笑しながら、懐から一冊の古文書を取り出す。
「これを持って行け。三十年前、俺が実際に氷湖を訪れた記録だ。地図と簡単な対策が書いてある」
「ありがとうございます……!」
そこへ、ちょこちょこと駆け寄る影があった。
「カールー! あたしたちも来たよ!」
ピンクの髪が鮮やかな少女――リーリアン=フリーソウだ。その肩には、子犬の姿のフェンリル、ルゥがちょこんと乗っていた。
「やっぱりギルドに来てたか。探したんだぞ、カール」
「ルゥ、ありがとう。リーリアンも」
「ふふん。セリアが“ひとりにしないで”って、心配してたからね。あたしが代わりに来てあげたの♪」
「……俺もセリアを心配してる。だからこそ、情報はしっかり揃えてから出発したいんだ」
「ふーん。じゃあ、あたしも手伝う!」
そう言って、リーリアンはぴょんとバルドの隣の椅子に座る。
「バルドさん、あたしにも教えて! 氷湖って、魔族にも影響あるの?」
「あるとも。氷湖に眠る精霊は、魔の力に敏感だ。近づけば、“過去の罪”を映し出されることになるかもしれん」
「……っ!」
リーリアンが思わず身をこわばらせる。
「……ごめん。わたし……魔族だから……」
「それがどうした」
カールが静かに言った。
「誰も、お前の過去を責めたりしない。大切なのは“今”と“これから”だ。違うか?」
「カール……」
ルゥも、くるりと尻尾を巻きながら頷いた。
「ボクもそう思うよ、リーリアン。過去は変えられないけど、今は変えられるだろ?」
「……うん。ありがとう」
リーリアンがほっと息を吐いたそのとき――。
「……みんな、いたのね」
入り口に立っていたのは、銀髪の少女――セリア=ルゼリア=ノルドだった。淡く光る蒼い瞳が、まっすぐにカールを見つめている。
「カール。……わたし、行くわ。“氷湖”へ。怖いけど、覚悟はできた」
カールは立ち上がり、セリアの手を取った。
「俺も行く。お前をひとりで行かせるつもりはない」
「……ありがとう」
「ふたりとも~、ちょっと感動的なんだけど、忘れてないよね? あたしも行くからねっ!」
「うん、忘れてないよ。もちろん、ルゥも一緒だ」
「当然だよ!」
バルドが、少しだけ目を細めた。
「三人と一匹、か。まるで昔話の英雄譚みたいだな」
「……そうなるといいですね。必ず、試練を乗り越えてみせます」
カールの言葉に、バルドは微笑みながら茶を啜った。
「ならば、風が君たちに味方せんことを。気をつけて行けよ、剣聖殿」
その日、王都を旅立つための準備が始まった。
シュネーレイアの氷湖へ――精霊の眠る、白銀の地へ。
彼らの“覚悟”が、本物かどうか。試される時が、すぐそこまで迫っていた。




