第15話 剣聖の断罪、王都に響く
◆剣聖の断罪、王都に響く◆
王都ルメリアの夜は、星々の輝きすら霞むほどに華やかだった。
城の北にある「光の間」。それは、王族の血を引く者、あるいは国を救った英雄のみが主催を許される、名実ともに頂点の社交会場だった。
その格式ある舞踏会に、今宵、異例の主催者が現れる。
かつて、平民同然の扱いを受けていたメイドとの間に生まれた貴族の三男。
だが今や、“剣聖”の称号を持ち、魔獣王を屠り、全王都の羨望と恐怖を集める存在——
カール=キリト。
「まさか、あの“キリト家の落ちこぼれ”が……」
「いや、今やその名を口にするのもためらわれるぞ。剣聖様だからな」
会場に集った貴族たちは、皆一様に浮き足立っていた。
華やかなドレスと礼装の中に漂うのは、祝宴の香ではない。
それはむしろ、戦の直前に似た緊張感。何かが始まる——そう、誰もが感じていた。
そんな中、リリス・リースは一歩ずつ、会場の大理石の階段を降りていた。
淡い紫のドレスが夜空のごとく波打ち、胸元には伯爵家の紋章が光る。
美しい。誰もがそう思う。だが、その美しさにはかつての自信がなかった。
人々の視線が突き刺さるのを、彼女は肌で感じていた。
(みんな……私を見てる。カールの“元婚約者”として……)
自業自得——リリス自身がそう思ってしまうほどに、その名は重く響く。
「リリス嬢、今宵はご機嫌麗しく……」
貴族たちは笑顔で言葉をかけてくるが、その目の奥には明らかな好奇心と嘲笑が混じっていた。
(……いいわよ、笑いたいなら笑えばいい)
(でも、カールが私を恥かかせようっていうなら——負けない!)
そう思って顔を上げた瞬間、会場がざわめいた。
重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。
開かれた扉の奥から、一人の男が現れた。
黒衣の礼装。銀の刺繍。肩にかかる黒銀のマントが、静かに揺れる。
剣——否、伝説と共に歩く者。
その腰には、神話に語られる《聖剣ヴァル=グレア》が収められていた。
「——カール=キリト様、御到着です!」
場内に響いたその名と共に、会場は静まり返った。
音楽も止まり、人々は息を飲む。誰もが彼の姿に釘付けだった。
かつての三男坊の面影など、どこにもなかった。
その瞳には、すでに“王都すらも切り裂く”覚悟が宿っていた。
「な、なによ……」
リリスは、震える手でワイングラスを握りしめた。
その指先は冷たく、けれど胸の内は煮えたぎるようだった。
(あれが……カール?)
(違う……こんなの、知らない……!)
そして——カールは、まっすぐに歩み寄る。
その歩みは、王都の誰よりも堂々としていた。王族でも、将軍でもない。
だが“すべてを乗り越えた者”だけが持つ風格があった。
「……リリス」
その声は、静かだった。だがその一言で、リリスの心は激しく波立つ。
「ご招待に応じていただき、感謝するよ」
「そ、それは……こちらこそ……」
なんとか答えるリリスの声は、かすれていた。
そして次の瞬間、カールは懐から一枚のカードを取り出した。
黄金の封蝋。王都の社交界で、“特別な告知”に使われる最高位の書簡。
「君と、そしてダンガー子爵殿には、舞踏会の終幕にて“正式な場”を設けさせていただく」
「“正式な場”? それって……」
リリスの言葉は、震えていた。
「決して、復讐などではない。これは、問いかけだ」
カールの言葉は、鋼のように静かで、鋭かった。
「貴族として、人として、“何を信じ、何を捨てたか”。その答えを、皆の前で語ってもらおう」
そう言い残し、カールは背を向ける。
その背中が遠ざかるほどに、リリスの胸は苦しくなっていた。
(なによ……問いかけ? 裁きじゃないの?)
(どうして、そんな目をするのよ……!)
リリスの脳裏に、かつての優しいカールの笑顔がよぎる。
けれどもう、そこにはあの微笑みはない。
残っているのは、“一人の男の誇りと覚悟”だけだった。
——そして、舞踏会は幕を開ける。
断罪の時は、もうすぐそこだった。




