第23話 カール=キリトの新たなる力
谷を抜けた先の森の中――。
焚き火の明かりが揺れる静かな夜。木々の間から、月が優しく照らしていた。
「……ふう。ようやく落ち着いてきたね」
リーリアンが草の上にぺたんと座り、背伸びをした。
「でもすごかったよね! カールがあのウロボロスと本当に契約しちゃうなんて!」
「ええ……まさか、竜と心を通わせるなんて」
セリアも腰を下ろし、湯気の立つカップを両手で包み込んだ。
その隣で、カールは無言で《ドラゴンキラー》を見つめていた。
――その刀身は、以前とは違っていた。
深紅の色はそのままだが、まるで呼吸をしているかのように淡く輝き、柄の根元には“竜眼”を模した意匠が浮かび上がっている。
「どう? 体の具合、変わったりしてる?」
「……ああ。力が体の奥から満ちてくるのがわかる」
カールは剣を立て、地面に軽く突き刺してみせた。すると、まるで風が走るように地表に竜の鱗の模様が刻まれていく。
「これは……魔力の流れを具現化してるの?」
セリアが目を見張る。
「たぶん、ウロボロスの“竜の加護”ってやつの効果だと思う。魔力の流れが目に見えるようになったんだ」
「目に……見えるってことは、敵の魔法の構成も読めるってこと?」
「うん。動作の前に術式が浮かぶ。たぶん、戦闘中にも“未来の動き”を予測できるようになる」
「うっわ、チートじゃん!」
ルゥがぱたぱたとしっぽを振りながら飛び跳ねた。
「あと、剣も変わってる。斬撃に“魔法属性”をまとえるようになってる」
カールが立ち上がり、目の前の倒木に一閃を放つ。
「《閃熱断》!」
瞬間、剣が赤い光をまとうと、倒木がまるごと蒸発した。
「……今の、炎属性の斬撃魔法? すごい、詠唱も構築もしてないのに!」
「これが《竜契》の力……」
カールが手の甲を見つめる。そこにはウロボロスとの契約紋が、淡く光を放っていた。
「それだけじゃないよ」
リーリアンがにっこり笑って、指をカールに向けた。
「魔力の流れがね、安定してるの。普通、人間の魔力って感情で揺れるけど……今のお兄ちゃん、全然ブレてない」
「ウロボロスの影響だな。奴の魂が、俺の中に“静寂”をもたらしてる」
「……すごい。冷静で、強くて、それでいて誰かを傷つけたくないっていう……そんな心が、はっきり伝わってくる」
セリアが小さくつぶやくように言った。
「でも、力を持ったら、それだけ責任も増えるわ」
「わかってる。……この力は、誰かを踏みにじるためのものじゃない」
カールは目を細めた。
「リーリア、セリア。俺一人じゃ、きっとこの力に溺れてた。……お前たちがいてくれるから、俺はちゃんと“人間”でいられるんだ」
二人は、少し顔を赤らめて視線をそらす。
「そ、そんなの当然よ。あなたが勝手に竜に食べられたりしたら、困るから」
「べ、別にわたしは……! その……仲間として、そう言ってるだけで……!」
「……ありがとうな」
カールが照れ臭そうに笑うと、火の粉がパチッと空に弾けた。
その空に、かすかな竜の唸り声が聞こえたような気がした。
「カール。竜の加護って、他にも何かある?」
ルゥが興味津々に首をかしげる。
「ああ、実はウロボロスがもう一つ残してくれたものがある」
カールは、懐から一つの小さな“竜の牙”のペンダントを取り出した。
「これは……」
「“竜封の牙”。魔力を貯めることで、あと一度だけ、ウロボロスの力を借りることができる。いわば、奥の手だ」
「一回きり……」
「でも、それってめっちゃ重要な場面で使うやつだよね!」
リーリアンが目を輝かせる。
「そうだな。世界が終わりかけたときにでも、使わせてもらうさ」
「まったく……あなたって、いつもそうやって命を賭けるんだから」
セリアが困ったようにため息をつく。
「でも、そういうところ……ちょっとだけ、嫌いじゃない」
「へへ、ありがとな」
月明かりの下、風が森を抜けていく。
《竜契》という新たな力を得た今――この物語は、さらに深く、運命の核心へと近づいていく。




