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婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!  作者: 山田 バルス
第2章 カール=キリト 魔王国編

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第21話 エンシェントドラゴンとの対話

――竜骨峡谷。


 古より竜が棲み、あらゆる者の命運を狂わせる場所。切り立った岩の稜線が並び、濃霧と瘴気が漂う死の谷。けれど今、その場に少年と仲間たちが足を踏み入れていた。


 「……空気、重いね」


 リーリアンが息を飲んだ。あの明るい表情も、今は少しだけ曇っている。


 「魔力の流れが乱れてる。竜の影響ね。近いわ」


 セリアが淡く輝く氷の結晶を指先で撫でながら答える。風が吹くたび、彼女の銀髪がさらりと揺れた。


 「ルゥ、大丈夫か?」


 カールが小さな背に乗るフェンリルに声をかけた。


 「ふぇ……うん、大丈夫。でも、なんか……すごくでっかい“気”を感じるの。ずっと奥のほうから、じっと見てるみたい」


 「“見てる”か……やっぱり、待たれてるのかもな」


 カールの表情が引き締まる。


 剣の柄に手をかけると、ドラゴンキラーが静かにうなった。刀身が脈打つように赤く明滅し、竜の気配に反応しているのだ。


 「ほんとに戦うの……?」


 リーリアンが、ぽつりと呟いた。


 「そりゃあ、戦いに来たんだけど……でも、あたし、まだ怖いよ。エンシェントドラゴンって、何千年も生きてる竜なんでしょ? 神に近いって聞いた……!」


 「その通りよ。理性を持ち、人の言葉を操り、時には世界を動かす。けれど同時に、己の誇りを最も重んじる存在でもあるわ」


 セリアの声には緊張と敬意が混じっていた。


 「なら……話せるってことか」


 カールの言葉に、二人が同時に顔を向けた。


 「話す、つもりなの?」


 「カール、それって――」


 「戦うのは最後の手段にしたい。剣を手に入れて、力もある。けど、滅ぼすために来たんじゃない。俺たちが求めてるのは、“竜の加護”だろ?」


 「……甘い」


 セリアが静かに首を振った。


 「あなたが何を言っても、エンシェントドラゴンが“人を信じていない”なら、言葉は通じない。……それでも、話すつもり?」


 カールは、少しだけ笑った。


 「うん。剣でぶつかるより、まず言葉を交わしたい。だって……そのほうが、俺たちらしいだろ?」


 「ほんと、カールってば……正義の味方ぶっちゃって」


 リーリアンがむくれたように言う。


 「……でも、そういうところが、好き」


 「え?」


 「なんでもないー!」


 ぷいっと顔を背けるリーリアン。カールは苦笑した。


 「さ、先に進みましょう。霧が濃くなる前に、奥へ行った方がいいわ」


 セリアが前を指差す。


 谷の奥は、まるで竜の骨のように折れ曲がった巨大な岩々が林立していた。その隙間を縫うように、小さな道が続いている。


 「気をつけて……この道は、昔ドラゴン信仰の巡礼路だったって記録にあるわ。罠もあるかもしれない」


 セリアの言葉に、カールは頷く。


 「ルゥ、前を頼む」


 「うんっ!」


 フェンリルの子犬はぴょんと飛び出し、前を駆ける。鼻をひくひくさせながら、魔力の流れを探っているようだった。


 谷を進むごとに、霧が濃くなる。


 風が止み、音が消え、世界が静寂に包まれていく。


 そして――


 「……見えた」


 カールが呟いた。


 視界の先に、巨大な竜骨のようなアーチがそびえていた。その下に、まるで神殿のような祭壇。そして、その奥に――


 黒き影。


 悠然と、そこにいた。


 「でっか……」


 リーリアンがぽつりと言った。


 それは、あまりにも巨大だった。全長は人の何十倍もあり、漆黒の鱗は星空を思わせる光を宿している。黄金の瞳がこちらを見下ろし、長い尾がゆったりと動くたびに空気が震えた。


 「エンシェント……ドラゴン……」


 セリアですら、足を止めていた。


 そして、竜が――動いた。


 「我が名は――ウロボロス」


 その声は、空気を揺らす雷鳴のようでありながら、不思議と心に直接届くような響きだった。


 「……よくぞ来た、人の子よ。忌まわしき“ドラゴンキラー”を手に、その地に立ったか」


 「……!」


 カールが、剣の柄を強く握る。


 「我が眼は、全てを見ていた。洞の奥で、お前が剣を抜いたその時より……我が心は警鐘を鳴らし続けていた」


 「……ウロボロス」


 カールが前に進み、一歩踏み出す。


 「俺は、お前と戦いに来たんじゃない。話を――」


 「黙れ、小さき者よ」


 その瞬間、空気が一変した。圧倒的な威圧感がカールたちを押し潰す。


 「我は、お前たちの“願い”を聞くために眠っていたのではない。人の愚かさと欲望を、何百年、何千年と見てきた。我が名を口にする資格など……貴様らにはない」


 セリアとリーリアンが、すぐにカールの両脇に立った。


 「……話は通じない、みたいね」


 「でも……やるしかないのかな」


 「待って、まだだ」


 カールはふたりを制した。


 剣に宿る鼓動が、彼の心と共鳴していた。


 「ウロボロス……それでも俺は、伝えたいことがある」


 そして、彼はエンシェントドラゴンの瞳を、真っすぐに見上げて言った。


 「この世界を守るために、お前の力を借りたいんだ!」


 ――返事は、なかった。


 だが、竜の瞳が僅かに揺れたように見えた。


 その沈黙は、果たして怒りか、戸惑いか――それは、まだ分からない。


 竜の試練が、今――始まろうとしていた。

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