第19話 歪みの洞(ほら)の冒険
歪みの洞は、まるで生き物のようだった。
岩の壁はねじれ、天井は不自然に歪み、奥へ進むにつれて空気が異様に冷たくなる。まるで時が止まり、空間がぐちゃぐちゃに折り重なっているかのようだった。
「これが……“歪み”ってことなのね」
セリアが杖を構えながら、静かに呟いた。銀髪が淡く揺れるたび、魔力の粒が空中に散っていく。
「気を抜くなよ。何が起きてもおかしくない」
カールは剣を半ば抜きかけたまま、前を進む。
「うー、ここ……空間がグニャグニャしてて酔いそう……」
ルゥはカールの足元でぐるぐる回っていた。
「さっきから同じ場所を歩いてる気がするわね……。これ、本当に前に進めてるの?」
リーリアンが不安そうに呟く。
「ふむ。ここは、時間と空間の概念が乱れているらしいわ。前に進んでいるようで後退してる……って可能性もあるかも」
「マジで!? どうすんのよそれ!」
「でも、村長が言ってたでしょ。“正しい言葉”で道が開けるって」
セリアは、懐からあの巻物を取り出した。
「誓約の三言葉、だったな」
カールが立ち止まって頷く。
セリアが巻物を広げ、ゆっくりとその言葉を読み上げる。
「――“我らは、力を誓いとし、心を剣とし、命を共に刻む”」
その瞬間。
空間がぶわっと波打った。
ねじれた壁が音もなく動き、目の前の岩盤が二つに割れた。
「やった……開いた!?」
「合言葉が鍵だったのね……!」
リーリアンが瞳を輝かせる。
しかし、そこから先の通路はただの洞窟ではなかった。床が迷路のようにくねり、天井には巨大な水晶が浮いている。まるでどこかの神殿のような荘厳さと不気味さが混じっていた。
「行こう……まだ終わりじゃない」
カールが先頭に立つ。
数分も進まないうちに、突然、足元の床がガタンと沈んだ。
「うわっ、カール!」
セリアが思わず叫ぶ。
だが、カールはすぐに体勢を立て直し、罠には落ちなかった。
「危なっ……! これ、重さで反応する床か!」
「今度はダンジョンみたいな仕掛け!? まさか本気で試練があるなんてね!」
リーリアンが背筋をピンと伸ばして構える。
そのとき、壁から突如、黒い霧が溢れ出してきた。
「きゃっ……!」
「気をつけろ! 魔瘴だ!」
セリアがすかさず魔法陣を展開する。
「《フリージング・ドーム》! 冷気で霧を凍結させる!」
霧が触れた瞬間、氷の結界に阻まれて動きを止めた。
「ナイス、セリア!」
「ありがとう、でも……魔力消費が激しい。ここからは慎重にいきましょう」
そして、三人と一匹は再び進み始めた。
奥に進むと、今度は開けた広間が現れた。
中央には、黒い炎をまとう鎧の戦士が待ち構えていた。
「ようこそ、選ばれし者たちよ……」
その声は不気味で、しかしどこか寂しげだった。
「誰だ……?」
カールが剣を抜く。
「我が名は“記憶の番人”。ここでお前たちが“真に戦う覚悟”を持っているかを試す者だ」
「覚悟……?」
「いかなる犠牲を払ってでも、大切な者を守り、使命を果たす覚悟があるか。命を捨てる覚悟ではない。“生き抜く覚悟”だ」
番人が剣を構える。
「さあ、来い。答えを剣で示せ!」
「来るぞ!」
カールが突っ込んだ。
番人との戦いは激しかった。彼の剣は炎を纏い、動きは人間離れしていた。
「《スパークブレード》!」
カールの剣が電光を放ち、番人の鎧を叩いた。
「甘い……だが、いい剣だ!」
「援護するわっ、《アイスランス》!」
セリアの氷槍が番人の動きを止める。
「隙ありっ、《マジックバースト》!」
リーリアンの放った爆裂魔法が広間を包む。
ついに番人の鎧に亀裂が走った。
「見事だ……。お前たちには、その覚悟があるようだ……」
番人は、剣を収めると跪いた。
「ドラゴンキラーの眠る間へ、進むがよい。願わくば、運命に打ち勝たんことを……」
その言葉と共に、番人の姿は光に変わって消えた。
「……勝った、のか?」
「ええ。でも……これはまだ“試練”の第一段階に過ぎない気がするわ」
セリアが息を整えながら言う。
「でも、進める道は開けたんだから……やるしかないでしょ?」
リーリアンが前を向く。
「そうだな。ドラゴンキラーはすぐそこだ……行こう」
カールの声に、皆が頷いた。
歪みの洞は静かに、しかし確かに、彼らを次の試練へと導いていた。




