第20話 ドラゴンキラーの試練
扉は静かに開いた。
その先には、荘厳な神殿のような空間が広がっていた。天井は高く、壁には古代文字がびっしりと刻まれている。中央には巨大な祭壇。その上に、一本の剣が刺さっていた。
漆黒の刀身。真紅の宝玉。まるで夜と血を象ったかのような存在感。
「……あれが、ドラゴンキラー」
カールが一歩前へ出る。だが、その場に足を踏み入れた瞬間――。
ゴォン――!
空気が震え、地響きのような音が鳴り響いた。
「ちょ、ちょっと!? また試練!?」
リーリアンが魔力を纏って身構える。
「いや……これは、何かが“目覚めた”気配」
セリアの声も緊張していた。
そのとき。
祭壇の上に、黒い影が現れた。人の形をしているが、実体があるのかすら分からない、霞のような存在。
「よくぞここまで辿り着いた、勇者たちよ」
それは静かに語りかけてきた。
「お前は……誰だ?」
カールが警戒を解かずに問いかける。
「我は、この剣“ドラゴンキラー”を守りし者。“古の契約者”とでも名乗っておこう」
影はゆっくりと宙を舞いながら言葉を続けた。
「この剣は、あらゆる竜種に対抗するために生まれた……だが、力には代償がある。問おう、お前たちは“代償”を知る覚悟があるか?」
「代償……?」
リーリアンが息を呑んだ。
「……どんな代償だろうと、俺は受け入れる。仲間と、この世界を守るために」
カールが真っすぐに影を見つめて言った。
「強い意志だな。だが、その言葉が虚言でないか、見極める時が来た」
影が手を振ると、宙に三つの光球が現れた。
「これは、未来の断片。お前たちがこの剣を手にした後に、何が起きるかを示す」
――第一の光球。
そこには、カールが血に塗れ、倒れ伏している姿があった。
「これは……」
「戦いの果て。ドラゴンの呪いに蝕まれ、剣に飲まれる未来」
――第二の光球。
セリアが、カールの名を叫びながら、氷の牢に閉じ込められていた。
「わ、わたしが……っ!」
「仲間を守るため、心を封じた者の末路」
――第三の光球。
リーリアンが、角を失い、人間の少女のように涙を流していた。
「う、うそ……これ、あたし……?」
「魔族であることを捨て、誰かのために人間となる選択。その痛み」
影の声が響く。
「ドラゴンキラーは“強さ”をくれる。しかし、それは“何かを失う”ことで手に入る。お前たちは、その覚悟があるか?」
沈黙が落ちた。
長く、重い沈黙。
その中で、カールが一歩、祭壇に近づいた。
「……誰かを守るって、そういうことだ。代償があっても、手にするしかないときがある。俺は――覚悟してる」
「……カール」
セリアが、彼の背中を見つめる。
「だったら、私も覚悟するわ。あなたが傷つくなら、その痛みを共に背負う覚悟くらいある」
「セリア……」
リーリアンもゆっくりと頷いた。
「ずるいよね、こんなの。けどさ……あたしも逃げたくない。カールの力になりたいの」
「ふっ……よかろう。ならば――その覚悟、しかと見届けた」
影が消えると同時に、祭壇の前に光の道が伸びた。
「さあ、選べ。この剣を手にするのか。それとも……封印のままにするのか」
カールは、迷わず進み出た。
そして、祭壇に手をかける。
ドラゴンキラーが、まるで彼を待っていたかのように、すっと抜けた。
その瞬間、漆黒の剣が真紅に輝き、カールの腕に紋章が刻まれた。
「っ……!」
「カール、大丈夫!?」
セリアが駆け寄る。
「……ああ、平気だ。ただ、すごい力が……体中を駆け巡ってる」
カールの目が、一瞬だけ黄金に輝いた。
「“力”を受け入れた証よ。だが、忘れるな。この剣は生きている。お前の心が折れれば、すぐにお前を呑み込む」
どこかで、影の最後の声が響いた。
カールは剣を鞘に収め、深く息を吐いた。
「さあ、行こう。これで……竜骨峡谷のエンシェントドラゴンと戦える」
「うん……」
「覚悟、決まったもんね!」
「ぼくもいるよー!」
ルゥがちょこんと背中に飛び乗る。
カールたちは、歪みの洞の奥で“力と代償”の意味を知り、それでも前に進むことを選んだ。
彼らの旅は、もう止まらない。