第16話 ドラゴンニアー村の村長からの贈り物
夜の静寂が村を包み、先ほどまでの喧騒が嘘のように消えていた。村人たちは、命の恩人であるカールたちに礼を尽くして、小さな宿屋の一室を用意してくれていた。
「わぁ……素朴だけど、清潔であったかい部屋だね」
リーリアンが布団に身を沈めながら、ホッとしたように息をついた。
「うむ、オレの寝床はどこだ?」
ルゥがちょこんと布団の上に飛び乗り、くるくると丸くなって尾を巻いた。
「君はもう自分で場所確保してるじゃない」
セリアが苦笑しながら座布団を抱きしめた。
しばらくして、村の長である老人が部屋を訪ねてきた。背中を丸めたその姿には、長年村を見守ってきた風格がにじんでいる。
「改めて、今夜は村を救ってくださり、ありがとうございました。おかげで被害も最小で済みました」
「俺たちはたまたま通りがかっただけです。感謝されるほどのことは……」
カールが恐縮して頭を下げると、村長はにっこりと笑った。
「……そうおっしゃるところも、やはり噂に聞く剣聖様らしい。して、そちら様は旅の途中とお見受けしますが、行き先は?」
「竜骨峡谷です」
カールの一言に、村長の表情が一変した。
「……なんと、あの地へ?」
「はい。ある武具を手に入れるために、どうしてもそこへ行く必要があるんです」
「武具……もしかして、“ドラゴンキラー”ではありませんかな?」
村長の問いに、カールたちは目を見開いた。
「えっ!? なんで知ってるの?」
リーリアンが思わず立ち上がると、村長は静かに頷いた。
「ここからそう遠くない竜骨峡谷に、古の時代にドラゴンを討ったとされる聖剣が封じられているという伝承があります。村に代々伝わる話に、それが“ドラゴンキラー”と呼ばれていると……」
「やっぱり、間違いないみたいだね」
セリアが静かにうなずく。
カールは村長を見据えて、真剣な声で言った。
「俺たちは、その聖剣を手に入れ、エンシェントドラゴンを討つために旅をしています。あの竜を放置すれば、王国が……いや、大陸全土が危機に陥る」
「……そのような大義のもとに動かれていたとは。して、そのドラゴンキラーを、どう使うおつもりか?」
「俺が握ります。そして、必ずエンシェントドラゴンを討ちます」
村長はしばらく黙ったあと、ぽつりとつぶやいた。
「……ひとつ、お伝えせねばならぬことがあります」
カールたちは、息を呑んだ。
「実は、竜骨峡谷の奥へ進まなくとも、ドラゴンキラーを手に入れる“もう一つの道”があるのです」
「……なに?」
ルゥがぴくりと耳を動かし、セリアも身を乗り出した。
「それ、本当なんですか?」
村長は小さく頷いた。
「谷の最奥部には、ドラゴンキラーを封じた『竜の石室』という場所があります。しかし、そこはエンシェントドラゴンの縄張り……向かえば、必ず命を賭けることになる」
「じゃあ、その別の道っていうのは……?」
カールの問いに、村長は立ち上がって、ゆっくりと床の板を叩いた。
「この村には、古より語り継がれてきた“鍵”があります。竜骨峡谷にある封印を解かずとも、別のルートから“竜の石室”へ至るための、秘密の洞窟の入り口の鍵です」
「鍵って、どこに……?」
村長は一度沈黙してから、懐から小さな木箱を取り出した。蓋を開けると、中には翡翠色の歯車のような金属製の紋章があった。
「これが“竜環の歯車”。これを持って、竜骨峡谷の西側にある“歪みの洞”へ向かえば、封印された裏道が開かれるはず……」
カールはそっと手を伸ばし、その歯車を手に取った。
「……重い。けど、温かい」
「それは、村の守り神として代々受け継がれてきたもの。本来なら外の者には渡せませんが……あなた様なら、託してもよい気がするのです」
村長の目には、何かを悟ったような覚悟が宿っていた。
「……ありがとう。必ず、竜を倒して戻ってきます」
「どうか、無事を……」
村長が深く頭を下げると、リーリアンがそっとカールに寄り添った。
「カール……これで、危険を避けて進めるのかな?」
「それでも、簡単じゃないだろうな。だけど、確かに“道”は開けた」
セリアもその様子を静かに見つめていた。彼女の胸に浮かぶのは、不安でも、嫉妬でもなく――ただ、信じる想いだった。
そして夜は更け、彼らは明日の出発に備えて、村の静かな宿で眠りについた。
彼らが手にした“道”。それは希望か、あるいは新たなる試練の始まりか――。




