第14話 そして、始まる逆転劇
◆そして、始まる逆転劇◆
夜の王都——。
漆黒の空に浮かぶ無数の星々を、地上から競い合うように灯火が照らす。高台に立つ男の瞳に、煌めく王都の光が映っていた。
その男——カール=キリトは、肩に掛けた黒銀の聖剣を静かに撫でる。
「ここからが……本当の戦いだ」
かつて、この王都で彼はすべてを失った。
貴族たちの陰謀に巻き込まれ、偽りの罪を着せられ、婚約者リリスに裏切られ、剣聖の称号を剥奪され、追放された日。屈辱、怒り、そして悔しさ——そのすべてを心に刻み、彼は王都を去った。
しかし。
運命は、容易く一人の男を終わらせはしなかった。
あの死地とも呼ばれた“黒狼の森”で、彼は生き延び、戦い、数多の魔獣を討ち果たした。死と隣り合わせの冒険の果て、眠れる剣の力——古の“真なる聖剣ヴァル=グレア”を手にし、彼は再び立ち上がった。
「この剣は、ただの力じゃない。俺の、生き様そのものだ」
聖剣ヴァル=グレアは、かつて王家に伝わりながらも、今は歴史の中に埋もれた神造の刃。持つ者を選び、真に心を燃やす者だけが振るえる伝説の剣。その力を、今のカールは制していた。
風が吹く。マントがはためく音が、夜の静寂を切り裂いた。
その足元に、王都の夜警を担う兵の気配が迫る。
「そこにいるのは何者だ!」
声を荒げて近づく兵士たち。だがカールは、ゆるりと振り返ると、一歩、光の下に踏み出した。
黒のマント。精悍な顔立ち。そして、背に背負われた漆黒の聖剣。
「……まさか、あれは……!」
「黒衣の剣士……噂に聞く“影の剣聖”……!」
カールは口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「“影”とは、随分と安っぽい称号をつけたもんだ。だが……気に入ったよ。光に拒まれた者としてはな」
兵士たちは恐怖と畏怖に固まり、誰一人、剣を抜く者はいなかった。無理もない。わずか数日前、辺境の街を襲ったSランク魔獣を一撃で屠ったという逸話が王都に届いていたのだ。——“漆黒の聖剣を携えた男”の名と共に。
「俺は、取り戻す。……剣聖の名を。栄誉を。信頼を。そして——奪われたすべてを」
それは復讐ではない。正義でもない。
それは、彼自身の誇りを貫くための戦い。剣に生き、剣に裏切られ、それでもなお剣と共に立つ男の意志。
夜空に浮かぶ月が、彼の瞳に鋭く光を落とす。
この腐敗しきった王都。その中枢に巣食う貴族たちの偽善。名誉の仮面を被った者たちの欺瞞。カールの剣は、すべてを暴き、裁くために振るわれる。
「もう、誰にも……好きにはさせない」
かつての仲間、かつての恋人、かつての師。あの日、彼を見捨てた者たちに、カールは言葉ではなく“力”で語る覚悟を決めていた。
それが、彼にできる唯一の“答え”だからだ。
静かに、夜の帳が落ちる。
そして、物語は再び動き出す。
捨てられた男の逆転劇が——ついに幕を開ける。




