第10話 カール、聖山ヴァル=レガリアへ向かう
『金精霊の導き ― 聖山ヴァル=レガリアへの旅立ち』
夜明けの空はまだ藍色に染まり、王城の高塔からは白い靄が立ち上っていた。
「――出発するわよ」
リーリアンがマントの留め具を音もなく締めると、セリアも隣で伸びをしながらうなずく。
「ふわぁ……早起きは苦手だけど、今日はちょっとワクワクしてるかも」
その声に、カールは口元をゆるめた。フェンリルのルゥもついてくる。
「おいおい、頼むから寝ぼけたまま山を登るなよ。あそこは一歩間違えれば、帰ってこれなくなる場所だからな」
「わかってるって。けど、寝ぼけてても氷魔法なら使えるから安心して?」
「いや、安心できねぇよ……」
そんな軽口を交わしながら、三人は城門を抜けた。
馬車は使わない。聖山ヴァル=レガリアへ向かうには、深い森を越えていく必要があり、街道すら通っていない。だから、徒歩と転移術式で進むしかなかった。
道中、セリアが周囲を注意深く観察し、リーリアンが簡易の風除け結界を展開し、カールが先頭で道を切り開いた。まるで息の合った隊のように、三人は進んでいく。
「ねえ、カール。聖山って、本当に“精霊”が住んでるの?」
セリアがふと、足元の草を踏みながら問いかけた。
「文献によれば……精霊というより、精霊王に近い存在だ。レーヴァは千年以上前に神の鍛冶場を守っていたらしい。おそらく、今もその“名残”が地に染みついてるんだろうな」
「なるほど……。じゃあ、そのレーヴァさんに好かれないと、最強の装備は手に入らないってことか」
「そういうこと。だから、気を引く手土産が必要になるかもしれないわね」
リーリアンが小さな革袋を手に取り、中から透明な水晶を取り出した。
「これ。“月銀”っていう、聖銀よりも希少な魔導鉱石。一応、取引材料として持ってきたの」
「すげぇな……どこで手に入れたんだ、これ」
「昔、魔界の奥地で拾ったのよ。大した話じゃないけど」
そう言って、リーリアンはにこりと笑った。
旅は順調に思えた。
だが、山の麓に差しかかったとき――空気が変わった。
風がぴたりと止まり、辺りの音が消えたのだ。
「……っ、魔力の気配。セリア、感じる?」
「うん。すごく嫌な……冷たい気配」
カールが剣に手をかけ、セリアが杖を構える。その瞬間、足元の地面が崩れ、黒い影が跳ね上がった。
「グルルル……!」
それは、鋼でできた獣――“鉄獣”。聖山を守護する自律魔導兵器だ。
「こいつ、精霊の番犬ってわけか……!」
「話す時間ない! 来るわ!」
鉄獣が地を跳ね、セリアに飛びかかる。
「《氷槍連弾》!」
セリアの唱えた魔法が、氷の槍となって十数本、鉄獣に突き刺さった。しかし、鉄の体に致命打は通らない。
「硬すぎる……っ!」
「なら、いくぞ。夜会――踊れ」
カールがその剣を抜く。漆黒の刃が月光を反射し、一閃で鉄獣の右腕を切り落とす。
リーリアンも負けていない。手を掲げ、呪文を唱えた。
「《金の導き、我に応えよ(アウリス・レヴィーナ)》!」
彼女の足元から金の魔法陣が輝き、鉄獣を包み込むように黄金の鎖が現れる。それが動きを封じた隙に、カールが渾身の一撃を放つ。
――鉄獣が崩れ落ちる音が、森に響いた。
「ふう……っ、なんとか倒せたね」
「いや、今のは前哨戦だろうな」
カールが剣を収めると、セリアが近寄り、倒れた鉄獣の欠片を拾い上げた。
「……これ。中に精霊核がある」
「つまり、あの鉄獣もレーヴァの使いってことね」
リーリアンが肩をすくめ、笑う。
「歓迎されてないってことかしら」
そう言いながら、三人は聖山の入り口へと歩を進めた。
山肌には古い石の門があり、そこに“レガリア”と古代文字で刻まれている。風は止み、空気は凍てつくような静けさに包まれていた。
「ここが……ヴァル=レガリア」
セリアがぽつりと呟いた。
「行こう。レーヴァに会うために」
カールの言葉に、二人もうなずいた。
そして三人と一匹は、石門をくぐる。
それは、かつて神々が歩いたと言われる聖域への第一歩。
金精霊との邂逅、そして最強の武器との出会いは、もうすぐそこまで迫っていた。




