第11話 カール、レーヴァリムに出会う
聖山ヴァル=レガリアの風は冷たく澄んでいた。太陽の光さえも届かぬほどの切り立った岩壁を、三人の影が登っていく。カール、セリア、リーリアン、ルゥ。目指すは、金精霊レーヴァの住まう深層。
――それは神造兵が眠る場所。そして、最強の装備が在るとされる伝説の地。
「……ここだね」
リーリアンが静かに足を止め、手前の岩壁にそっと触れる。見た目はただの石壁。しかし、彼女の魔力が触れた瞬間、鈍い金の光が走った。
ゴゴゴゴ……ッ!
大地を震わせるような重低音とともに、巨大な扉が口を開く。霧のような金の粒子が、ゆっくりと漏れ出してきた。
「これが……」
セリアが目を見張る。中は黄金の輝きに満ちていた。鍛冶場とは思えないほど神秘的な光が、空気ごと揺らしている。
カールは剣の柄に手を添えながら、一歩踏み込んだ。足元に広がるのは、きらめく金属の花畑のような空間。壁にはいくつもの古代文字が浮かび、天井からは鍛造された武器の残響が聞こえるようだった。
「……来たか、人の子らよ」
その声は、風のようにやわらかで、それでいて鉄を打つ鎚のように重かった。
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。長い金色の髪を腰まで流し、瞳は溶けた金属のような輝きを宿している。だが、ただの少女ではない。その足元から空間が金の霧となって揺らいでいるのが、何よりの証拠だった。
「あなたが……金精霊レーヴァ?」
セリアが声をかけると、少女は微笑んだ。
「そう呼ばれている。我らは、かつて神造兵の炉を守る者。金属と鉱石の言葉を聴き、真なる武器に命を宿す存在……」
カールが息をのむ。彼女は明らかに人ではない。存在感そのものが、空間の重力すら変えてしまうような気配を放っていた。
すると、少女がふと、首をかしげる。
「だが、そなたらがかつて出会った『レーヴァ』は――双子の妹だ」
「え?」
三人が一斉に驚く。リーリアンが思わず一歩踏み出す。
「でも、みんな“レーヴァ”って呼ばれてるんじゃ……?」
「その通り。われら金精霊は、すべて“レーヴァ”と呼ばれている。それが、われらが種族の名でもあり、役割の証でもある」
彼女はふわりと宙に浮かび、手を広げた。すると周囲の金属が光を帯び、共鳴するように澄んだ音を立てた。
「だが、あえて区別が必要ならば、我が名は“レーヴァリム”――双子の姉であり、鍛造の試練を課す者である」
レーヴァリム。黄金の空間に相応しい、凛とした名前だった。
「試練……?」
カールが問うと、レーヴァリムはゆっくりと頷く。
「そなたらが求めるのは、ただ強き武器ではあるまい。“あれ”と戦うための、魂を喰らう一振り。ならば、それに見合う心を見せねばならぬ」
彼女が手を振ると、足元の大地が波紋のようにゆがみ、三人の周囲が一気に暗転する。
「うわっ……!?」
「これは……幻? いや、ちがう……」
次の瞬間、カールたちはそれぞれ別の空間に放り出されていた。
――これは、心を試す“金の試練”。
◆
カールの前には、昔の自分がいた。弱く、怯えていた少年時代。剣を持つこともできず、ただ仲間の影に隠れていたころの――。
セリアの目の前には、亡き師匠の幻が立っていた。かつて氷の魔法を教えてくれた唯一の人。けれど、その死の瞬間に彼女は何もできなかった。
リーリアンは、魔族としての自分と向き合っていた。人に嫌われ、避けられ、それでも笑顔を守ってきた彼女の心の奥には、ずっと消せない“恐れ”があった。
それぞれが、それぞれの弱さと向き合う時間。光もなく、ただ“金”の霧だけが静かに流れていた。
◆
どれほどの時が経ったのか。三人が再びレーヴァリムの前に立った時、彼らの顔には疲労と――確かな決意が刻まれていた。
レーヴァリムは目を細める。
「見事だ。我が妹では気づかなかっただろう。だが、そなたらは試練を越えた」
彼女が掌をかざすと、宙に三つの武具が浮かび上がった。
一つは、夜のように黒く光る剣。“夜会”と名付けられた、闇に潜む力を持つ刃。
二つ目は、氷と金の結晶で編まれた杖。セリアのための、“氷霊杖ミラグレア”。
三つ目は、双頭の獣を象った髪飾り型の魔具。リーリアンが持つ魔力を増幅させる、“封環の輪”。
「これらは、そなたらの魂が選び取ったもの。我が手にある限りの、最強の装備だ」
「ありがとう、レーヴァリム」
カールが、深く頭を下げた。セリアとリーリアンも続く。
レーヴァリムは、すこし寂しそうに微笑んだ。
「我が妹は、人間に多くの感情を学びすぎた。だが……悪くはない。そなたらのような存在が、この時代にいるのならば」
そして、ふっと宙に消える前、こう言った。
「そなたらの旅に、幸あれ。我が名を呼べ。いずれまた、そなたらの力になろう」
黄金の霧が晴れ、再び静寂が戻った鍛冶場。
三人は、手にした装備の重さを感じながら、確かに新たな一歩を踏み出した。
それは、伝説を超える者たちの、真の冒険のはじまりだった。