第6話 指輪と約束と――王都に吹く春風
「指輪と約束と――王都に吹く春風」
王都ルメリアにも、ようやく春の風が吹き始めていた。
冒険者ギルドから戻ってきたカールは、ふとした拍子にエミリーゼから、ある一言を耳にした。
「そういえば、リアナさん……昨日、アレン=ノヴァから指輪を贈られたそうですよ?」
「……指輪?」
「ええ。魔術の研究協力に対する感謝のしるしだそうですが……とても綺麗だったと、噂になってます」
胸の奥が、どこかざわついた。
リアナがアレンから、指輪を――
カールは無言のまま、軽く頷いてその場を離れた。アレン=ノヴァとリアナの恋の行方が周囲が温かく見守っている。
それでも、心のどこかに小さな何か引っかかるもののような感覚があった。
(リアナが指輪を……嬉しそうに、していたのか?)
その日の午後、カールはふと思いついて、セリアを街へ誘った。
「セリア。少し、外を歩かないか」
「ええ? 今日、午後は予定が……でも、うん。行く」
驚いた顔をしていたが、セリアはすぐに笑みを浮かべ、外套を羽織った。
カールは街へと足を向けながら、自分の中で整理できていない感情と向き合っていた。
リアナの笑顔が、頭をよぎる。
セリアの横顔が、それと重なる。
――自分は、何をしたいのか。
その答えを見つけるように、王都の街並みを、二人は並んで歩いた。
* * *
「……ここ、前に来たことがあるわ。覚えてる?」
セリアがそう言ったのは、小さな噴水のある広場だった。
春の陽射しが差し込み、子どもたちが花を摘んで遊んでいる。
「ああ。冬の終わり頃だったか。あの時も、こうして二人で歩いたな」
「……そう。あの時より、今のあなたの顔のほうが、ずっと穏やかに見える」
セリアはそっと笑って、カールの袖を少し引いた。
「最近のあなた、無理してるように見えたの。でも、今日は……なんだか、ほっとする」
「……セリア」
言葉が詰まる。彼女は気づいているのだ。自分の中の些細な動揺や、揺れを。
「何か、あったの?」
「いや……ただ、指輪を見に行こうと思ってな」
セリアがぱちりとまばたきをした。
「え?」
「いや、違うな。君に、何か贈りたいと思ってた。……最近、何もしていなかったから」
セリアの頬が、ふわりと紅潮する。
「それって……そういう、意味で?」
「そういう意味で」
そう答えると、セリアはしばらく黙って、視線を足元に落とした。
だが、次の瞬間、彼女はいつもの毅然とした声で言った。
「じゃあ……見るだけじゃなくて、選んで。あなたの目で、私に似合うと思ったものを」
* * *
王都の宝飾通り。煌びやかな店が並び、魔石細工のアクセサリーが通りを彩る。
カールは店をいくつか回ったあと、ふと、路地の奥にひっそりと構えられた小さな宝石店に目をとめた。
看板に書かれていたのは「レルシュの宝石亭」。
古びているが、どこか温かみのあるその佇まいに惹かれ、セリアとともに足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ、お若い方。……指輪を、お探しですか?」
老齢の女性店主が、柔らかな口調で迎えてくれた。
カールが黙って頷くと、店主は微笑み、奥の棚からいくつかの小箱を取り出してくる。
「こちらは精霊石をあしらったもの。こちらはエルフ銀で編んだ細工。……でも、あなたの目は、あの子を見てますね」
「……え?」
「選ぶべきものは、宝石ではなく、その人に映えるもの。たとえば、これなどは」
店主が取り出したのは、月光のように白く輝く小さな石を中心に据えた指輪だった。
「これは、“月の涙”と呼ばれる珍しい石。誠実な絆を象徴します」
カールは一瞬、その石にセリアの姿を重ねた。
月明かりのように静かで、真っすぐで、揺るがない彼女の瞳。
「……それにします」
* * *
街を歩いていたときよりも、セリアはどこか落ち着かなくなっていた。
「なんだか、変ね……私、変な顔してない?」
「してない。いつも通り、美しいよ」
「っ、そういうことを、さらっと言うようになったわね……」
そんなやり取りを交わしながら、二人は帰り道を歩く。
ふと、カールは立ち止まって、セリアに向き直った。
「セリア」
「……なに?」
「これを、受け取ってほしい」
小さな箱を差し出す。セリアがそっと開けると、月の涙の指輪が光を反射して輝いた。
「……これは」
「君がずっと、そばにいてくれること。俺の信頼と、感謝と……それから、願いを込めて贈る。受け取ってくれるか」
セリアは、小さく息をのんだ。
そして、ふるふると頷く。
「もちろん……私は、あなたと歩きたい。これからも、ずっと」
カールが指輪をそっとセリアの薬指にはめると、彼女の頬に涙がひとしずく、伝った。
それを見て、カールもようやく心の中のざわつきが消えていくのを感じた。
リアナが誰かに指輪を贈られたのなら、それはそれで構わない。
――自分は、自分の大切な人に、想いを伝えればいい。
その夜、屋敷に戻ったセリアは、指輪を何度も見つめながら、静かに微笑んでいた。
ティナがその様子に気づき、こっそりレーナに耳打ちする。
「お母さん、セリア様、すごく嬉しそう……」
「ふふ……そりゃそうさ。好きな人から、誓いの印をもらったんだもの」
レーナは台所からスープの香りを漂わせながら、そっとその光景を見守っていた。
あたたかな春の夜風が、王都の屋敷にそっと吹き込んでいた。
◇ ◇




