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第12話 父の名にかけて

◆父の名にかけて◆

――キリト伯爵視点


 かつて、三男の名をこの屋敷で聞くことがあろうとは、夢にも思わなかった。


 カール――いや、今や“黒衣の剣聖”と呼ばれるその男。王都の民は彼の偉業を讃え、貴族は我が家を嘲り、かつて忠義を誓った騎士までもが、目を合わせぬように視線を逸らす。


 愚かなことをしたとは思っていない。いや、思うわけにはいかぬのだ。私はキリト家当主。感情で判断を下すわけにはいかず、家の名誉、血筋、国との関係……あらゆるものを天秤にかけ、最良の決断を選ぶ立場にある。


 あの日、私は彼を追放した。


 理由は明白だった。カールは“役に立たぬ”男だった。剣の才能もなく、魔法も振るえず、礼儀作法も貴族の誇りも持たぬ。冷ややかな兄たちの視線に耐え、義母リリスの侮蔑に晒され、ついには屋敷の片隅で空気のように生きていた。


 それでも、あの男は私に楯突いた。リリスに罵倒され、兄たちに嘲笑されても、言い返すことはなかった。だが、ある日――末席の食卓で、不意に私の眼を見据えてこう言った。


 「父上、俺は、まだ終わっていません」


 愚か者が。貴族は“まだ”ではなく“今”であるべきなのだ。私は一言、こう告げた。


 「ならば、この家を出よ。己の力で証明してみせよ」


 それが、追放という名の“最後の情け”だったのだ。


 そして今――証明された。


 Sランク魔獣、魔獣王バルグロスを単独で討伐。その名をギルド中に轟かせ、“剣聖”の二つ名を得て、悠然と王都に舞い戻る。しかも、あのギルドマスター・バルド=グランダスまでもが「礼を欠くな」と言うほどの英雄ぶり。


 私は、再びあの男と向き合わねばならぬのだ。


 だが、それは恐怖ではない。怒りでもない。ただ――理解ができなかった。


 なぜ、あれほどの力を持つ者が、なぜあれほどの眼をしていた男が、かつて我が家の誰にも認められず、塵のように扱われていたのか。


 いや――私は見ていた。あの瞳を。何もできぬ無能の目ではなかった。どこまでも静かで、どこまでも深く、何かを宿していた。それに気づきながら、私は目を逸らした。


 貴族社会において、“異物”は破棄するしかない。例外は許されぬ。それが名門キリト家の守り続けた論理だった。だから私は、息子を捨てたのだ。


 だが、それは“正義”ではなかったのか?


 名誉を守り、家を守り、長男と次男に道を譲った私は、父として、正しい選択を――


 ……否。何を誤魔化しているのだ。私はただ、あの男の可能性が怖かった。


 どこまでも“何者にもならぬ者”が、ある日突然“何者か”になったとき、私は――父親として、当主として、どう向き合えばよいのか分からなかった。


 そして今、カールは王都にいる。誰よりも力を持ち、誰よりも静かに、そして誰よりも“この国を見ている”。


 貴族たちは恐れている。彼が剣を向けるのではないかと。復讐に燃え、伯爵家を討ち滅ぼすのではないかと。


 だが、あの男はそんなことをしないだろう。私が最も知っている。あれほどの憎悪を浴びせられてなお、復讐を選ばぬほどの“誇り”を持つ男だ。だからこそ怖いのだ。


 カール=キリト。私の息子。かつて追放した三男。今や国を揺るがす存在。


 もし、もう一度言葉を交わせるなら――私は謝罪も懇願もせぬ。ただ、こう言いたい。


 「……お前は、立派になった」


 それだけでいい。それ以上の言葉は、もはや父としての私に許されぬ。だからせめて、立ち向かう姿勢を見せよう。この家を守るために、己の罪を受け止めるために。


 たとえそれが、剣聖の刃に斬られる未来であろうとも。

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