第108話 ニエの王子 ― ペイル・シンの真実 ―
『贄の王子 ― ペイル・シンの真実 ―』
転移魔法陣が起動し、カールたちの身体が再び光に包まれる。
到着したのは、氷に閉ざされた王国――ノルド。
だが、その地はすでに異変に包まれていた。空は歪み、空間そのものが“亀裂”を起こしている。地には結界の残骸が散らばり、街道には魔獣の残骸と、倒れた王国兵の姿があった。
「……これは、まさか」
「侵攻、か」
リアナが凍りついた声で呟く。セリアの顔も青ざめる。
その時、空から一羽の黒鴉が舞い降りた。
「カール=キリト様。お待ちしておりました」
語りかけてきたのは、ローブを纏った青年。銀の仮面をかぶり、胸には〈ペイル・シン〉の紋章が刻まれていた。
「我らが主、“贄の王子”がお招きです」
***
〈白銀の塔(シルヴァ=カテドラ)〉の最上層――その玉座の間で、カールたちはついに“彼”と対面する。
そこにいたのは、少年の姿をした“神の器”。
白髪に琥珀の瞳。氷のように透明な気配を纏いながら、玉座で静かに微笑んでいた。
「ようこそ。僕の“終焉の舞台”へ」
名は、アゼル=ノルド。
ノルド王家の忘れられし末裔。ユリウス六世の異母弟にして、“神の因子”を宿す、最後の人工神。
「この国は、滅びなければならないんだ。神が帰還するためにね」
「ふざけるな。お前の都合で、多くの命が奪われた。……それを、神の意思で片づける気か」
カールが怒気を込めて睨みつけると、アゼルは静かに目を閉じた。
「僕は……神に選ばれた“器”だよ、カール=キリト。人として生きた記憶なんて、とうに残ってない。ただ“使命”だけが、僕を動かしてる」
その瞬間、空が割れた。
天より現れし、“神の落とし子”――巨大な光の存在が浮かび上がる。
《神性体イグ=ゼリオン》。
数千年前に封印された、神々の“暴走体”。アゼルはその降臨のために、この世界の理を解きほぐしていた。
「この世界を、一度“終わらせる”んだ。すべては、再創造のために」
セリアが叫ぶ。
「そんなの……間違ってる!人は、未来を創る力を持っている!」
リアナの杖が魔力を帯びる。
「神の器だろうと、人工神だろうと関係ない。私たちはこの世界を……“今”を守る!」
アゼルが静かに立ち上がる。
「なら……来てよ。僕を、殺しに」
《終焉の舞踏》が始まった。
光と闇の交錯。神の雷が地を穿ち、アゼルの魔力が空間を塗り替える。対するカールの剣は、すべての未来を切り開く“可能性の刃”。
「俺の剣は……過去を断ち、未来を選ぶ!」
セリアの加護、リアナの支援がカールを支える。
そして、すべての魔力がぶつかり合った瞬間――
空間が砕け、時が止まった。
アゼルの胸を、カールの剣が貫いていた。
「……やっぱり、君だったんだね。僕を止められるのは」
アゼルが、微笑んだ。
その顔は、どこか“人間の少年”のようだった。
「……ありがとう」
そう呟いて、アゼルの身体は光となって崩れ、神の因子は霧散する。
《イグ=ゼリオン》もまた、神の器を失い、静かに天へ還っていった。
神の時代は終わった。
***
後日。
ノルド王都は再建され、ユリウス六世の命によって、〈白き咎人ペイル・シン〉は解体された。
アゼルの存在は封印され、彼の意志を継ぐ者はいなかった。
だが、カールたちの旅は――まだ終わらない。
「さて、帰ろうか。俺たちの街へ」
セリアが微笑み、リアナがうなずく。
空は晴れ渡り、遠くには王都ルメリアの方向が見えていた。
これは、一つの終わり。
そして――
新たなる旅の、始まりだった。




