第101話 温泉地――ミュゼルの湯郷
王都を包む空気はやわらかく、どこかのんびりとした風が街を通り抜けていた。カールは窓の外を見やりながら、深く息を吐いた。
「じゃあ、明日から温泉旅行ってことで、みんな準備はいいな?」
その言葉に、リビングにいた面々がいっせいに顔を上げた。
「うんっ! たのしみ!」
ルゥがふわふわのしっぽを揺らしながら、満面の笑みで声をあげる。見た目は小さな獣人の少女。けれど、はっきりとした言葉で話す姿は、誰もが彼女を仲間の一人として認めていた。
「久しぶりの旅行ですね。しかも、温泉……ふふ、湯浴みの準備をしないと」
セリアが微笑み、旅の支度を想像しているのか、頬に手をあててうっとりしている。
「温泉……ふむ、研究資料としても興味がある。鉱泉成分や地熱の状況も記録しておこうかしら」
リアナはいつもの調子で、旅行すらも学問に変えてしまう勢いだ。
「えへへ、ティナも楽しみです~」
「おいしいもの、いっぱいあるかな!」
レーナとティナの母娘もすでにウキウキしている様子で、カールは頷いた。
「じゃあ、朝に出発する。馬車は手配済みだ」
翌朝、王都北の山々を目指し、旅は始まった。
*
馬車に揺られること数時間。到着したのは、山の麓にある静かな温泉地――ミュゼルの湯郷だった。古くから王族や貴族も訪れる保養地で、山の湧き水と地熱によって育まれた温泉は、身体の芯から疲れを癒してくれるという。
「わあ……なんだか、いい匂い。森と……あったかい石の匂い?」
ルゥが耳をぴくぴくとさせながら、鼻をくんくんさせていた。
「空気も澄んでますし、これは期待できそうですね」
セリアも目を細めながら、肩の力を抜いていた。
宿に入ると、木造のあたたかみある内装と、ほんのり硫黄の香りが出迎えてくれる。
「ここ、すっごく落ち着くね!」
「疲れがすっと抜けていくような感じ……不思議」
それぞれが荷物を部屋に置き、一息つくと、さっそく浴衣に着替えて、宿自慢の露天風呂へ向かうことになった。
「レーナちゃん、こっちこっち!」
「うんっ、ルゥお姉ちゃん!」
女湯では、ティナ、レーナ、セリア、リアナ、ルゥがそれぞれ湯に浸かりながら、和やかな時間を過ごしていた。
「ふぅ……旅の疲れも溶けていくわね……」
「ほんとに、こんなに気持ちいいなんて……!」
ルゥは湯船の端にちょこんと座り、湯の温度を楽しむように尾をゆらしていた。
「ねぇ、セリアお姉ちゃん、カールと温泉、入ったことあるの?」
「えっ!? な、なに言ってるの、ルゥちゃん!」
「だって、カール、セリアお姉ちゃんのこと……その……好き、でしょ?」
「~~~~っ///」
セリアの耳が真っ赤になったのを見て、リアナは小さく笑う。
「ふふ、無邪気な質問だけど、核心を突いてるかもね」
「リ、リアナさんまで……!」
女湯が華やぐ一方で、男湯ではカールがひとり、静かに湯に浸かっていた。
「……平和だな」
そう呟いて空を見上げると、ちょうど満開の桜が湯の蒸気に包まれて揺れていた。
*
夜は、囲炉裏のある食事処での晩餐となった。
山の幸、川の魚、温泉で蒸した料理の数々に、皆の顔がほころぶ。
「おいしすぎて、しあわせです~」
「これ、野草の天ぷら? サクサクだ……」
ルゥも夢中で食べながら、時折カールの皿にも小さなおかずを乗せる。
「カール、お兄ちゃんもこれ食べて。おいしいよ」
「ありがとな、ルゥ」
「ふふ、なんか……家族みたいですね」
エミリーゼがほほえむと、レーナが小さな声で言った。
「カールおじちゃん、本当に家族だったら……毎日いっしょにいられるのに」
その言葉に、全員が少し黙り込んだ後、やさしい笑顔でうなずき合った。
*
温泉の宿で迎えた朝は、鳥のさえずりとともに静かに始まった。
朝風呂に浸かり、ゆったりと朝食を取った後、皆は名残惜しさを感じながらも、再び馬車へと乗り込んだ。
「楽しかったね!」
「また、来たいな~」
ルゥが笑顔で手を振り、レーナも頷いていた。
温泉地ミュゼルを後にして、カールたちの旅路はまた、日常へと戻っていく。
けれどその心には、あたたかな記憶が、まるで湯のぬくもりのように、じんわりと残っていた。




