99話 《地下六階》神々の回廊と金の精霊
《地下六階》神々の回廊と金の精霊
薄暗い石壁の道を抜けた先に、彼らは不自然なほど整った円形の部屋を見つけた。中央には、淡く輝く転移魔法陣——だが、それはこれまでの階層のものとは明らかに違っていた。
「これ……古代エルフの紋様だ」
リアナが眉を寄せながら、魔法陣の縁に刻まれた細かな文字を読み取っていた。
「行き先を指定できる……? でも、いま設定されている座標は……未確認区域?」
「……行こう」
カールが言った。
躊躇いもあるが、彼の目は前を見据えていた。セリアとリアナも、無言でうなずく。
そして、三人が転移魔法陣に足を踏み入れた瞬間——
視界が白く染まり、風のない風が吹いた。
《黄金の間》——レーヴァ=シェルフィン
気がつけば、そこは金と緑に満ちた神殿だった。
太陽の光が差し込むような明るさ。けれど、地下深くにあるはずのその空間には、確かに“森”の気配があった。
そして、その中央に、彼女はいた。
「ようやく来たわね、カール=キリト。精霊の選定者よ」
金髪のエルフ少女——レーヴァ=シェルフィンが、微笑んでいた。
「レーヴァ……」
彼女の佇まいは、前に最奥の森で出会ったときと変わらぬ神秘的なものだったが、どこかそれ以上の“覚悟”のようなものを感じさせた。
「待ってたって……どういうこと?」
セリアが疑問を投げかける。
レーヴァは軽く首を傾け、足元に浮かぶ別の魔法陣を指差した。
「この地下迷宮《神々の回廊》は、かつて“二つの神殿”と繋がっていた場所なの。精霊の神殿と、かつてノルド帝国が信仰していた神の神殿。両者は、古の契約で繋がりを持っていた」
リアナが息を呑んだ。
「……じゃあ、ここから、最奥の森にも……ノルドにも、行けるってこと?」
「ええ。この魔法陣を使えば、どちらにも行けるわ。けれど、無限ではない。転移には“鍵”が必要。そして今、鍵を持つのは——カール、あなただけ」
「俺が……?」
「あなたの中には、あのときの戦いで精霊の欠片が宿っている。それが、この神殿群を動かす鍵となるのよ」
カールは黙ってその手を見る。たしかに、最奥の森で手にした光の記憶——“金の精霊の祝福”は、未だに温かさを残していた。
選択
「ノルドに行けるってことは……向こうの情報も得られる?」
「それだけじゃないわ。ノルドの神殿には、“精霊の契約書”の写しがあるはず。それを見れば、今後起こるであろう戦争や、精霊信仰の本質が見えてくるかも」
レーヴァは静かに語る。その瞳には迷いがなかった。
だが——
「……俺たちは、まずやるべきことを終わらせよう」
カールが答えた。
「地下ダンジョンを最後まで踏破する。それが、ここまで一緒に来た意味だ。それが終わったら、ノルドへ向かう準備を始めよう」
「ふふ……あなたらしいわね。じゃあ、こちらの魔法陣で、地下六階の元の場所に戻れるようにしておくわ。私はここで……神殿の封印を見張ってるから」
「レーヴァ……ありがとう」
「……気をつけてね、カール。次に会う時……私は、あなたに全部を話すつもりよ」
その言葉に、リアナとセリアの視線が微妙に動く。
けれど、カールはうなずいた。
「……楽しみにしてるよ」
地下ダンジョンの終わり
戻った先の六階は、なぜか以前よりも静かだった。
すでにダンジョンの主だった魔物は、魔法陣を動かした影響か姿を消していた。残されていたのは、ただの空虚な広間と、試練を乗り越えた者に与えられる《証》。
そこには、古の剣と、三人分の指輪が置かれていた。
「……ダンジョン攻略の証か」
カールが剣を手に取り、セリアとリアナに指輪を渡す。
「ま、これでようやく一段落って感じ?」
「……なんだか、あっけないような、でも……」
「まだまだ、これからだよ」
カールが二人に微笑む。
その言葉に、セリアもリアナも、ほんの少し照れながら頷いた。
仲間として。時に、特別な想いを持つ者として。
この先の冒険が、三人にどんな関係を築かせるのかは、まだ誰にも分からない。
ただ、確かなのは一つ。
この迷宮で得た“絆”は、どんな敵にも負けない強さになる——ということだった。
こうして、地下迷宮《神々の回廊》の探索は幕を閉じた。
だが、次なる冒険の扉——“ノルド”への旅が、静かに、そして確かに開かれようとしていた。




