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第10話 ギルドマスターの眼

◆ギルドマスターの眼◆


 王都ルメリアの冒険者ギルド本部。その一角――


 窓の外に広がる街並みを眺めながら、バルド=グランダスは静かに茶を啜っていた。茶葉は東方の山岳地帯から取り寄せた珍しい品だが、今朝の味はどこか苦い。


 それは胃のせいではなく、胸中に渦巻く不穏な予感のせいだった。


 ここ数日、王都では妙な噂が飛び交っていた。


 ――黒衣の剣士、森の奥で魔獣を斬る。


 ――Sランク級魔獣を単身で討伐。


 ――黒衣に身を包み、名乗らぬ男。だがその剣は、確かに“本物”だ。


 バルドはこれまで数多の英雄、怪物、狂人と呼ばれる者たちを見てきたが、この噂の男には何か――得体の知れぬ“芯”を感じていた。


 その直感は、ほどなくして現実となる。


 「ギルドマスター! 至急、確認をお願いします!」


 慌てた様子で飛び込んできた受付嬢の声が、静けさを破った。


 「魔獣王の魔核が……届きました! 単独での討伐記録と共に……届けたのは、“カール”と名乗る男です!」


 カール――?


 その名を聞いた瞬間、バルドの頭にひとつの記憶が蘇った。


 キリト伯爵家の三男。平民の血を理由に追放された“落ちこぼれ”。かつて貴族社会からつまはじきにされ、ギルドですら受け入れを渋った若者だ。


 まさか、あれが……?


 バルドは重い足を運び、階下のカウンターへと向かった。


 そして、彼を見た。


 漆黒のコートに身を包み、腰には古き名剣“ロウ・セリオス”。視線は鋭く、だがどこか静謐。虚勢でも傲慢でもなく、己の力を確かに理解している者の眼だった。


 「……お前が、“黒衣の剣聖”か。」


 問いかけると、彼は静かに答えた。


 「名乗るほどの者じゃないさ。だが、そろそろ名前を返してもらおうと思ってな。」


 そのとき――バルドは、彼が真に何者かを察した。


 カール=キリト。


 かつて見捨てられ、否定され、すべてを奪われた男。だがその瞳に、怨嗟はなかった。あるのはただ、一歩ずつ踏みしめてきた確かな自信と、揺るがぬ決意。


 「元・キリト伯爵家三男、カール=キリトだ。」


 その名を、彼自身が口にした瞬間――


 ギルド内にいた全員が沈黙した。


 バルドは長き年月で培った直感で悟っていた。これは、ただの復讐者ではない。名誉を求める者でもない。


 これは、自らの信じる道を“力”で切り開く者だ。


 「そうか……ならば、正式な再登録といこうか。“黒衣の剣聖”カール=キリトとしてな。」


 そう告げたとき、カールは一瞬だけ笑った。皮肉でも優越でもなく、自分の意志を認められた者の、わずかな安堵。


 ――この男は、必ず王都に嵐を呼ぶ。


 バルドは確信した。腐敗しきった貴族社会、無力に喘ぐ民、歪んだ力の象徴としての帝国――


 そのすべてを、この男は剣で切り拓く可能性を持っている。


 そして、そのときこそ冒険者ギルドもまた、真の意味で問われるのだ。


 ――己の正義とは何かを。


「歓迎しよう、剣聖よ。……この世界の秩序を変えるというのなら、ギルドはそれを見届ける覚悟がある。」


 そう告げた瞬間、ギルドマスターとしてではなく、ひとりの戦士としての本能が震えていた。


 この男は――ただの“帰還者”ではない。


 この国にとって、いや、この時代にとって、


 “運命そのもの”なのかもしれない――と。



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