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第1話 天国から地獄へ、婚約破棄から始まる追放生活


婚約破棄の告白と、追放の刻印



春の陽光が、王都学園の中庭を柔らかく照らしていた。咲き誇る花々が風に揺れ、卒業の余韻に満ちた生徒たちの笑顔があふれる中、カール=キリトはひとり、誇らしげに佇んでいた。


「これで……やっと、リリスと肩を並べられる」


長年の努力がついに実を結んだ。学年首席での卒業という栄誉は、誰にも文句を言わせない結果だった。

平民の血を引きながら、キリト伯爵の三男として育ち、魔術も剣術も誰よりも努力してきた。リリス=ヴァレンタインとの婚約――それは彼にとって、何よりの誇りであり、目標だった。


ヴァレンタイン伯爵家は代々魔導士を輩出する名家。カールにとって、彼女は高嶺の花であり、夢そのものだった。


だからこそ。


「カール、少し話があるの」


中庭の一角に響いた、どこか冷たさを含んだ声。振り向いた先に立つのは、誰よりも気高く美しい少女。学院の薔薇と讃えられた令嬢――リリスだった。その横にはなぜか?ダンガー子爵の姿があった。


子爵の姿にカールは一瞬、戸惑ったが、すぐに微笑み返す。


「……ああ、もちろん。卒業式の後だし……これからの話、かな?」


希望に満ちた未来を語る、そんな時間になると信じていた。だが――その幻想は、次の言葉で無残に砕かれる。


「――私たちの婚約は、ここで解消するわ」


一瞬、時間が止まったように感じた。世界から音が消え、周囲の風景すら霞むようだった。


「……な、何を言ってるんだ、リリス?」


「理由は簡単よ。あなたは、私の望む将来にふさわしくないから」


その言葉は氷のように冷たく、刃のように鋭かった。


「半分平民の血が混じったちょっとだけ勉強ができる学生。あなたはそれだけよ」


中庭にざわめきが走る。卒業式に集まっていた生徒たちの視線が、一斉に二人に注がれた。だがリリスは怯まず、むしろそれを当然とするような眼差しで、彼を見下ろす。


「私はダンガー子爵と新たに婚約することにしたわ。彼の父親はアウグスト侯爵。将来性が違うのよ。わたしはいずれアウグスト侯爵夫人になれるの」


 ダンガー子爵――アウグスト侯爵家長男で今は子爵だが、父親の引退と共にアウグスト侯爵になる予定の男。だが、そんなことはどうでもよかった。

カールの胸に突き刺さったのは、リリスの言葉の中にあった一言だった。


「……“上”の人間……だと?」


呟いた瞬間、頭の奥底が妙にざわついた。脳裏に、禍々しい力に満ちた存在の声が響く。


――我らは人間より“上”の存在だ。


それはかつて、魔王と呼ばれた存在の言葉だった。


思い出す。剣を握り、血を流し、仲間とともに戦った日々。

魔術を極め、大賢者に師事し、数多の死地を越えた記憶。

そして……魔王を討ち果たし、歓喜の中で意識を失った、あの最後の瞬間。


そうか……俺は、生まれ変わったのか。


転生――。すべての記憶が戻ったわけではない。だが、確かに感じる。己が剣聖であったこと、大いなる戦いを経て、何かの使命を残してこの世界に来たことを。


なぜ、この世界なのか? なぜ今、この瞬間に記憶が戻ったのか?


理由はわからない。だが、わかることが一つある。


「……こんなところで終わってたまるかよ」


カールの瞳に、ふたたび炎が灯った。


リリスはその様子に一瞬だけ眉をひそめたが、やがて肩をすくめ、小さな冷笑を浮かべて背を向けた。


「せいぜい、平民として頑張りなさい。さようなら、カール=キリト」

「リリスは平民には似合わない美しい女性だよ、身の程を知り給え」


 ドレスの裾を翻し、リリスは、ダンガー子爵とともに去っていった。


ざわついていた生徒たちは、誰一人としてカールに声をかけなかった。ただ、目を背ける者、口元を隠して笑う者、同情するふりをしてその場を離れる者だけがいた。


風が吹いた。咲き誇る花びらが、地に舞い落ちる。


その中心に、カールはひとり立っていた。握りしめた拳から、血がにじむほどに力が込められている。


だがその瞳は、すでに未来を見据えていた。


***


伯爵家の屋敷に戻ったカールを待っていたのは、さらなる絶望だった。


父であるキリト伯爵は、書面を片手に告げた。


「カール=キリト。貴様を、我が家の名より永久に追放する。以後、キリト家の者として名乗ることを許さぬ」


その言葉に、カールは思わず拳を握った。


「理由を……お聞かせ願えますか」


「名誉を汚した愚か者に、説明の義務はない。お前は我が家の恥だ。せめてもの情けとして、生きる自由だけは与えてやろう」


冷たい眼差しの中、カールは目を伏せ、深く頭を下げた。

涙はなかった。ただ、ひとつの時代が終わったことを受け入れるために、静かに呼吸を整えた。


貴族としての名誉、

父の背を追った記憶、

兄たちと過ごした暖かな日々、

リリスとの未来——すべてが、霧散した。


残されたのは、己ひとり。


「これで……すべてが終わった」


そう呟いた唇は、やがて静かに笑みを浮かべる。


「いや、違うな。ここからが、始まりだ」


誰にも頼らず、誰にも縋らず、己の力で生きる。

過労死した過去も、家名を剥奪された現在も、全てを背負って立ち上がるのだ。


その歩みの先にこそ、本当の自由と、誇りがあると信じて。


カールは静かに屋敷を後にした。

春の風が彼のマントを揺らし、希望とも諦めともつかぬ感情が胸に渦巻いていた。


——俺はもう、誰のものでもない。


そしてこの時、追放された少年がやがてこの国の歴史に名を刻む“剣聖”となることを、誰も知らなかった。

 

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