第1話 姫騎士を拾った
ゲーム好きの平凡な大学生である俺、岸藤 律が異世界の姫騎士リーゼロッテと出会ったのは真夏の太陽が照りつける猛暑日の公園の中だった。
その日俺は駅前のゲームセンターに遊びに行く為に近道である公園の中を横切ると奇妙な光景が視界の端に映った。
どこの公園にでも設置されている何の変哲もないベンチ。
しかしそのベンチの下から覗いているのはどう見ても人間の両足ではないか。
「大変だ、人が倒れてる!」
誰かに手を貸してもらおうと慌てて周囲を見回すが今日に限って公園の中には俺しかいない。
仕方なくひとりでベンチに駆け寄りその両足を掴んでベンチの下に隠れていた身体を引っ張り出す。
「えっ!?」
出てきた両足の主の姿を見てもう一度驚いた。
ベンチの下から出てきたのは銀色の鎧を身に纏った金髪の美少女だったからだ。
「コスプレイヤー? こんなところで珍しいな。……いや、そんなことは後回しだ」
少女を介抱する為には身に着けている鎧が邪魔だ。
ひとまず脱がせようとその鎧を両手で掴むとその瞬間ずっしりとした重みが圧し掛かった。
「うわっ重っ……この鎧まさか本物か?」
しかし今はそんな疑問を気にしている場合ではない。
火事場の何とやら、全力で踏ん張りながら何とか脱がす事に成功したその鋼鉄の鎧をひとまず地面に置き、少女をベンチの上に寝かせて容態を確認する。
呼吸はしているようだが意識がない。
この猛暑だ、熱中症で倒れてしまったのだろうと考えた俺は公園の噴水で濡らしたハンカチで少女の額や首元を冷やしつつ呼びかけた。
「大丈夫ですか? 救急車呼びますよ?」
「う……ん……はっ、ここは……?」
拙い介抱でもそれなりに効果があったのか意識を取り戻した少女は上半身を起こしきょろきょろと周囲を見回す。
どうやら大丈夫そうだ。
これなら救急車を呼ぶ必要はないな。
ほっと胸を撫で下ろすと少女はじっと俺を見つめながら訪ねた。
「あなたが私を介抱をしてくれたのですか?」
「うん、無事みたいで良かった。ところでこんな所でどうしたんだ?」
「助けて頂き感謝します。私の名はリーゼロッテ・テレジア・ナハトネーヴェル。ネイビィ王国の王女にして騎士団長を務めています」
「王国? 騎士?」
一瞬そういう設定のキャラのコスプレなのだろうかと思ったがリーゼロッテと名乗ったこの少女が身に付けていた鎧はどう見ても本物であり彼女が異世界からの転生者だということに思い当たるのにさほど時間は掛からなかった。
真偽は兎も角まずは詳しく話を聞いてみる。
彼女の話では騎士団が辺境の山に遠征した時に魔物の群れの襲撃を受けて部隊は大混乱に陥り、彼女は隊長の責として部下たちを逃がす為に単独で囮となって魔物を引きつけた結果追いつめられて崖から足を踏み外し転落したところまでは覚えているという。
その話が本当ならばやはり異世界からの転生者で間違いなさそうだ。
「それでここはどこなのでしょう。王国ではなさそうですが……」
リーゼロッテは戸惑いながら訊ねる。
彼女が生きていた世界がどんなところかは知らないが俺たちの世界とは全然違うということは想像に難くない。
俺は彼女がショックを受けないように慎重に言葉を選びながら恐らくその時に死亡してこの世界に転生してきたであろうことを説明した。
「そうですか……囮役を買って出た時に覚悟はしていましたが……」
魔物の群れから部下たちを無事に逃がすことは成功したがその代償に自分が犠牲になってしまった。
無言で俯く彼女の心中では複雑な感情が駆け巡っているのだろう。
しかし悔やんでいても始まらない。
済んだことよりもこれからのことの方が大切だ。
慰めの言葉を掛けようとしたその時、リーゼロッテはハッと思い出したように俺に問いかけた。
「あの、私の剣は見ませんでしたか? 父上から授かった大切な剣だったのです」
「いや、俺が君を見つけた時にはそれらしき物は落ちてなかったよ」
「そうですか……」
リーゼロッテはがっくりと肩を落としながら地面に置かれた鋼鉄の鎧を拾い上げて再び身につける。
しかし俺は彼女が剣を持って転生してこなかったことが逆に良かったと思う。
この平和な日本ではそんな物騒な物を持っていたら即刻銃刀法違反でお縄にかかってしまうからだ。
「ところであなた様は何というお方でしょう?」
「俺? 俺の名前は岸藤 律っていうんだ。職業は大学生だよ」
「学生なのですか。律様は貴族学校に通われているのですね」
「いや、俺は貴族じゃないよ。そもそも今のこの国に貴族って概念はないからね」
「貴族がいない? そのような国があるのですか」
こうして出会ったのも何かの縁。
俺は右も左も分からないリーゼロッテにこの日本という国について思いつく限りの知識を説明する。
彼女は俺の話を真剣な表情で耳を傾けている。
どこまで俺の説明で理解できたかは分からないが俺に出来ることは全てやったと思う。
しかしこの後彼女をどうすればいいのだろう。
このまま公園に置いてさよならするのは流石に無責任だ。
とりあえず彼女を連れて交番へ行ってお巡りさんに事情を説明をすると「本官は忙しいんだ。馬鹿げた冗談に付き合ってる暇はない」と、まともに相手にされないまま追い出されてしまった。
まあ普通はそう思うよね。
「律様、私はこれからどうすればいいのでしょうか……」
リーゼロッテは縋るような眼差しで俺を見る。
前世とはまるで異なる文化の世界にただひとり飛ばされてどこにも頼る当てがない彼女だ。
その内心がどれほど心細いものかは容易に想像できる。
放ってはおけないな。
よし、ここは男を見せる時だ。
俺はリーゼロッテの手を握りながら答えた。
「しょうがないな。じゃあ俺のアパートでも来る? 君が寝泊まりするぐらいのスペースの余裕ならあるよ」
「宜しいのですか? 有難うございます律様」
リーゼロッテは深々と頭を下げる。
もちろん下心がないといえば嘘になるがそこは役得ってことで。
しかし彼女はまだまだ不安な表情が抜けきっていない様子。
無理もない。
同じ状況なら俺だって正気を保っていられるかどうか分からない。
今の彼女に必要なのは心のケアだ。
だとしたら丁度いい場所がある。
俺は自分がゲームセンターに遊びに行く途中だったことを思い出した。
気晴らしならやはりゲームが一番だろう。
「そうだ、いいところに連れて行ってあげるよ」
俺はリーゼロッテの手を引いて公園を抜けゲームセンターへと向かった。