まんまる聖女と大盾の騎士の幸福
最終話。エピローグ的な後日談です。
大規模な地滑りが起こって絶望的な壊滅状態に陥った辺境領を、最も力の強い聖女カナルリア姫が祝福を捧げて豊かな土地を取り戻すことが出来た。
その時に力を使い果たした姫は聖女を引退し、療養の為にそのまま辺境の自然の中で過ごしていた。そこで知り合った辺境伯子息と仲を深め互いに望まれる形で婚約が決まり、一年後には恙無く辺境領に降嫁すると国民に発表された。既に辺境領で暮らしているので婚約者と引き離すのは忍びないということで、カナルリア姫は王都へは戻さずにそのまま嫁ぐとの王家の意向に、宝石姫の婚姻を楽しみにしていた王都の人々は少々落胆したらしい。
しかし辺境領から伝わる話では、既に婚約の時点で二人の仲は大変睦まじく、いつも並んで領都の市場に連れ立って出掛けては実に幸せそうな様子であるということだったので、やはり王家の判断は正しかったのだと言われるようになって行った。
その後彼らが辺境伯を継いだ頃には次々と子宝にも恵まれ、皆姫にそっくりなフクフクした可愛らしい子供達で、そこにいるだけで人々が幸福に包まれたと伝えられている。
辺境領名物のボールのようにまんまるでフワフワの手触りの良い愛らしい人形が巷では幸運を呼ぶと人気であるが、これは姫と子供達がモデルになったからだと専らの評判である。
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辺境領と同じく地滑りの被害を被っていた隣国は、国境を越えて聖女の祝福が届いたらしくすぐに豊かな土地を取り戻した。が、不運にもその後降り続いた雨のせいで隣国側の雪山の斜面から雪崩が発生し、雪解け水が平地に洪水を引き起こした為に結局復活した土地の半分が流されてしまったそうだ。
これについて隣国の王は無言を貫いていたが、市井では聖女に無礼を働いた為に精霊王が罰を与えたのだと噂が広まり、彼の治世は長く肩身の狭い思いをしたらしい。
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姫を連れて逃げたように思われた騎士トーマスは、その勝手な振る舞いが隣国の間者なのではと疑われた為に、本物の姫から引き離そうと影武者が機転を利かせて姫のフリをしたことが真実だった。しかしすぐにただ欲と権力に目が眩んだだけの小物と判明して、影武者に馬上で呆気無く制圧されて騎士団に身柄を引き渡されることになった。
本物の姫の顔を知らなかったことと、影武者の芝居に騙されたということで重い罪には問われずに済んだが、身勝手な行動には相応の罰則が与えられた。その彼の罪は、これまでの功績で勲章を授与された事実は剥奪はされないが、公式の場で勲章を着けることを禁じられるものだった。公式記録を調べれば間違いなく勲章は授与されていることは分かるので、実質罰はあってないようなものだった。が、承認欲求の強いトーマスにしてみれば、わざわざ公式記録をひけらかす以外に功績を証明する手段がなくなってしまったのは厳しい罰になったようだった。
これから授与される勲章は対象ではないとされていたので、彼はすぐにこれまで以上の功績を上げて再び胸一杯の勲章を飾ってみせると豪語していたが、その後の授与の記録にはトーマスの名は見当たらなかった。
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冬が長く雪の多い辺境領では、それを利用して街を丸く可愛らしい雪像で飾り立てる雪姫祭で多くの観光客が訪れていた。聖女カナルリア姫の降嫁が決まってから始まった歴史の浅い祭ではあるが、冬場の観光に力を入れたいという領の政策は上手く軌道に乗り始めていた。街の至る所に可愛らしい雪像が並び、それ以上に領の名産品を食べさせる屋台が立ち並んでいた。
「串焼き二本下さい」
「毎度あり!お客さん、こちらは初めてですか?」
「ええ、初めてこちらに来ました。寒いけど美しくて活気のある領でびっくりしましたよ」
モコモコの上着を着込んだ男女の二人組が、勢い良く湯気の立つ焼き立ての牛肉の串焼きを受け取る。この辺りの串焼きは女性も食べやすいように串が短めになっているがその分価格も安くなっているので、あちこちの屋台で食べ比べて楽しむのが流行りになっている。
「あの、こちらの看板の数字は何ですか?」
それぞれが紙に包まれた串焼きを受け取りながら、女性が看板の脇に貼られている数字だけが書かれた紙を指差した。この紙は辺りを見回すとほぼ全部の店に貼られており、それぞれに違う数字が書かれていた。
「これはですね、昨年領主夫人が来て食べて行った回数です」
「領主夫人が?」
「ええ!我々にとって、この数が多いことが自慢なんですよ!」
「へえ…」
そう言って自慢げに胸を張った店主の店の数字は「18」と書かれている。そして周囲を見回すと、どこも軒並み二桁を越えている。彼らは見渡す限りの数字を眺めて「夫人が?食べた回数??」とポカンとした顔をしていた。それでも一口齧り付いた肉の美味しさに納得してしまい、彼らは数字を参考にしながら思う存分雪姫祭を楽しんだのだった。
「リア、串焼きを色々見繕って来たよ。注文通り、新しい店を中心に」
「まあ旦那様、ありがとうございます。外は寒かったでしょう?」
「いや、冷めないように串焼きを懐に入れて来たからね。でも少し冷めてしまったかな。温め直してもらおうか」
「いいえ、これでも十分温かいですわ。冷めないうちにいただきましょう」
ニールはメイドに温かな茶を頼むと、ゆったりとソファに座るリアのすぐ隣に腰を降ろした。すかさず少し冷えていたニールの手を、リアのふっくらとした手が包み込む。その手には、まだうっすらとではあるが四つ葉の痣が残っていた。
「冷たいだろう」
「部屋で温まり過ぎたので、気持ちがいいくらいですわ」
辺境領に暮らすようになったリアは、聖女時代ほどではないが美味しいものに囲まれてすっかりふくよかな体型になっていた。そしてニールはその姿をいつも幸せそうに目を細めて眺め、人目があろうがなかろうが手を繋いだり抱きしめたりするのが常だったので、周囲の人間は領主夫妻がくっついていることがすっかり普通の感覚になっていた。そのせいで先程一人で串焼きを買うニールの姿に、行く先々で心配されたのだった。
「来年…いえ、再来年ならご一緒出来るかしら」
「大丈夫そうならね。でも無理をしてはいけないよ」
「分かっていますわ」
そう言ってリアは、ふっくらしている以上に大きくなっている自分の腹部をそっと撫でた。その上から、すっかり険がなくなって優しさが全面に出ている顔をしたニールも手を添える。冬が終わり春の兆しが僅かに出る頃に、新しい家族が増える予定だ。
「そうだ、それなら夏に屋敷の庭に屋台を作ってもらおうか。特に気に入った店を厳選してだな…」
ニールは約束した通り、リアにいつも美味しいものを食べさせようと考えてくれる。時折やり過ぎて家令などに叱られているが、それくらいで止める気配はない。リアは考え込んでいるニールがより一層愛しく思えて、思わず胸に頬を寄せるように凭れ掛かる。先程まで串焼きの包みを入れていたせいか、フワリと香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「うふふ。わたくし旦那様のおかげで毎日幸福でお腹いっぱいですわ」
「うん、俺もだよ、リア」
それから二人は並んで串焼きを食べ、その中で特に気に入ったものを追加で買って来る、と再び張り切って出掛けて行ったニールの背中を、リアは少し垂れた目元を更に柔らかく緩めて甘く蕩けるような微笑みで見送ったのだった。
お読みいただきありがとうございました!
ちょっと甘めなお話なので、折角だから最終話をバレンタインに合わせてみました。
元々「社交が苦手で植物がお友達の高貴な姫と、体格で勝手に盾担当になってしまい同僚に手柄を横取りされがちな要領の悪い真面目騎士が、お互いに認め合って惹かれて行く」物語というのが最初でした。短編程度で終わるつもりがどんどん世界が広がって、今や1年以上続いている長編(「縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁 」https://ncode.syosetu.com/n6573hw/)になりました。
そちらは既に全く別物になっているので、この物語は原初に近い形で再構築したものです。お楽しみいただけたら幸いです。