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まんまる聖女と大盾の騎士  作者: すずき あい
3/7

リアの家族


リアは薬草園で薬草の新芽を積んでいた。


聖女が手入れをする薬草園は特別のもので、国のどこで栽培したものよりもはるかに薬効が高い。特に何か特別なことをしている訳ではないのだが、ただ聖女が生まれつき有している植物を健やかに育てる祝福があるので、世話をする為に意識を向けるだけでもよく育つらしい。更に直接触れたり、手ずから水を与えたりすることでより高い効果がある。人によっては手が荒れるということで植物には一切触れずに見回りをするだけの聖女もいるが、リアは暇さえあれば薬草園に入り浸って常に薬草の世話をしているので、彼女の受け持っている区域はどこよりもよく育っていた。



今日は久しぶりにリアの家族と会うので、お土産に生育に影響のない程度に新芽を積んでいたのだ。新芽は苦味が少ないので、薬にするにも飲みやすいものが出来上がる。今回の目的は半年前に生まれた甥に初めて会わせてもらうので、彼の健康を祈って渡そうと考えていた。


「聖女様、お迎えに上がりました」

「まあ、もうそんな時間?大変、すぐに着替えて来なければ」

「お着替えはあちらの離宮でご用意しております。聖女様はそのままおいで下さい」

「あらあら。準備が良いこと」


薬草園の入口で待ち構えていた初老の女官にそう言われて、リアはおっとりとした様子で微笑んだ。この女官はリアの異母兄の乳母を務めていた女性で、リアも幼い頃から随分世話になっていた。一見ニコリともしない厳しい表情をしているが、いや実際厳しいのではあるが、決して間違ったことは言わない頼りになる存在だ。

彼女がリアを迎えに来たのは、放っておくとリアは薬草の世話に夢中になって、泥がついたままの服で家族の前に出かねないからだ。リアを溺愛している家族はそんな恰好で現れても「仕事熱心だねえ」と許してしまうのだが、やはりそこはきちんと線引きをしなくてはならない。彼女はそれを阻止する為に時間よりもかなり前に迎えに来て、別の場所で身支度を整えさせる準備を毎回していた。


「それではいつものようにお願い致します」

「分かったわ」


女官にリアは抱えていた新芽の入った籠を渡すと、フワリと魔法を発動させた。するとリアの姿は見る間に風景に溶け込み、よく目を凝らしてやっとうっすら輪郭らしきものが見えるくらいになってしまった。これはリアの魔力と身に付けている魔道具で使える「透明魔法」だ。完全に消える訳ではないが、パッと見には姿が分からない程度までになるのだ。こうしてリアは王城内にいる家族に会いに行く時だけ姿を見られないように使用を許されていた。ただこれも完璧なものではなく時折全く効かない人間もいるので、油断は禁物である。

以前リアが街に出て侍女とはぐれてしまった時も身の安全を考えて迎えが来るまで透明魔法を使用していたのだが、何故かニールには見えてしまっていたのだ。それが切っ掛けでニールと親しく話すようになったのでリアにとっては幸運なことだったが。



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「少々お待ちください。護衛の交替のようでございます」


城の中は通らず、いつでも隠れられるように見通しのよくない植え込みの間に作られた遊歩道を進んでいると、離宮の入口付近に数名の騎士がいた。リアの姿が見えなければそのまま通れるが、万一のことを考えれば遭遇する人間は少ない方がいい。彼らが立ち去るまで、リアはしばらく待機することにした。


護衛といっても安全な城内であるので、騎士達も申し送りと言うよりも軽い雑談を交わしているようだ。厳しいことを言ってしまえば褒められた行為ではないが、今は他国との緊張もなく国内も落ち着いているので多少の緩さは許されるのだ。


特に聞くともなく彼らの会話が耳に入って来て、不意に「ニールの奴が」と届いて、リアは思わずよくないとは思いつつ聞き耳を立てた。



「トーマス、それで五つ目の勲章だろ?いいよな、ニールの背中に隠れて近寄れるんだから、手柄立て放題じゃないか」

「でもあいつの図体が邪魔だから前が見えねえんだよ。だから今回はあいつの背中足場にして上を取ったけどな」

「おお、そりゃいい踏み台だったな」

「そりゃどっちの意味でだ?」

「どっちもだよ。俺も今度ウチの隊の大盾担当を踏み台に使ってやるかな」

「後で『お前のおかげだ』とか何とかくらいは言っておけよ。背中の足跡を払ってやるフリくらいしてさ」


そんな会話が聞こえて来て、リアはスッと顔から血の気が引くのを感じた。遠目ではあるが、トーマスと呼ばれた人物は確か以前ニールと一緒に出掛けている時に偶然会って同僚だと紹介された男だった。顔立ちは整っているが何となくリアを値踏みしているような視線を向けられたのであまりいい印象がなかったが、その時のニールが「同期で出世頭の腕の立つ騎士なんだ」とまるで自分のことのように嬉しそうに語っていたのを覚えている。リアは怒りが通り過ぎると手が冷たくなることを初めて知った。


「こうなると縁談もよりどりみどりじゃないか」

「ああ、この前侯爵家から次女の婿の打診があった。伯爵位と領地が付いて来るってさ」

「すげえ!子爵家のお前には大出世だな!」

「いやあ、まだまだ功績が不足ですから、って保留してもらってる」

「ええー!?何贅沢言ってるんだよ」

「この調子で行けば、勲章二桁も夢じゃないだろ?そうすりゃ団長職も見えて来るし、でかい功績立てればあのカナルリア姫を報賞に望むのも悪くない」

「おおー!そりゃ大層な夢だな。あの王家の宝石姫をか。大きく出たな」

「いやいや結構行けるんじゃないのか?もう適齢期でそろそろ聖女も引退だろ。母君の身分は低い愛妾だったし、聖女じゃなくなれば子爵家でも文句は言えないだろうしな。もしそうなったらお前の新婚家庭に呼んでくれよ。あのカナルリア姫にお酌とかされてみてえ」


誰も聞いていないことをいいことに、彼らの話題はどんどん調子づいて来ていた。それを聞いていたリアは、とうとう目眩を覚えてその場に座り込んでしまった。それを見えない筈の女官も察したのか、もはや隠れることはせずに植え込みの影からわざとガサガサと音を立てて踏み出して行った。それまでヘラヘラと笑い合っていた彼らが人の気配を感じてギョッとして振り返った。相手が女官だと分かるとすぐに緊張を解いたが、ニコリともしないで厳しい目を向けている彼女にさすがに疾しくなったのか、彼らは何となくバツが悪そうな薄ら笑いを浮かべながらその場を足早に立ち去って行った。


「…()()()()()様」


彼らの姿が見えなくなったのを確認して、女官はそっとリアの座り込んでいるらしき辺りに声を掛けた。


「……報賞なんて、絶対、嫌、だわ」


リアは震える手をギュッと握り締めて、小さくそう呟いたのだった。



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フラフラしながら離宮に向かうと、待ち構えていたメイド達に囲まれてリアは浴室で丁寧に磨かれていた。いつもならもう少し抵抗するのだが、今日は妙に脱力していて完全に無抵抗だった。ちょっと気を抜くと、体を支える力も入っていないらしく、湯船の底に潜って行ってしまいそうなのでメイド達はリアの体を支えながらどうにか洗い上げた。


それから丁寧に体を拭かれて香油を塗り込みつつマッサージに、同時に髪の手入れと肌の手入れも行われている。いつもならこの辺りでリアが「何だか美味しそうな〜わたくし〜」と歌いだすのだが常だったのだが、今回は全くの無言だった。そのせいかメイド達が互いに怪訝な顔を見交わすような状態になっていた。それでも優秀な彼女達の手は止まることはなく、いつもと変わらない時間でリアを聖女から姫に変貌させていたのだった。



「まあま、なんて可愛らしいこと。それに綺麗になったわねえ。やっぱり年頃になると女の子は淑女になるものねえ」

「ありがとうございます。王妃殿下」


光沢のあるペールブルーのドレスを着せられたリアは、離宮の庭園の中に作られている温室まで連れられて来た。リアの瞳の色に合わせて特別に染めさせた生地で、大変薄いのに透け感がなくて程良いとろみがあるので動きとともに揺れるドレープの動きが波を思わせて非常に上品に映った。昨今の流行りでは、スカート部分にボーンを入れて膨らみを出すことが主流だが、丸い体型のリアはボーンがなくてもスカートは丸く膨らんでいる。レースなどの飾りも極力少ないドレスにしているのは、彼女の体型を少しでもスッキリ見せるためだった。


「さあ、沢山お菓子を用意したのよ。料理長が張り切って新作ばかり作ったから是非食べてあげてね」

「…はい」


リアを出迎えたのは、この国で最も位の高い女性である王妃ディアーナだった。三人の王子を産み、もう孫までいるのに若々しく艶やかな美貌はリアの記憶にある限り全く変わらない。



リアという名は愛称であって、本当の名はカナルリアという。この国の第四王女で、現在直系の王族の中で唯一の聖女だった。リアは王女と言っても母は身分の低い愛妾で、その末娘だ。父の国王の子供の中でも末っ子になるリアは、生まれてすぐに母が亡くなったことから周囲の王妃や側妃、異母兄姉に囲まれてたっぷり愛情を受けて育った。

国王は少し頼りないが慎重な性格で人を見る目には長けているので、多数の妃や愛妾がいて、多くの王子王女がいるにもかかわらず皆良好な関係を築いている。物語のような王族同士の争いとは無縁で平和なのだ。


「ルーファスは来る直前にぐずってしまったので少し遅れて来るそうよ。ごめんなさいね、忙しいところを来てもらっているのに」

「いいえ。まだ赤子ですもの。いつまでも待ちますわ。それに最近は派遣もありませんし、薬草園にばかりおりますから」

「うふふ、それはどなたかをお待ちしているのかしら」

「え…!?そ、それは…」

「あらあら、お顔が美味しそうなほど赤くなってるわ。本当に可愛らしいこと」


王妃であるディアーナは、自分の子供達だけでなく側妃や愛妾、その子供達もしっかりと動向を見守らせて把握している。リアも例外ではないので、最近大柄な騎士と親しくなって城下に食べ歩きデートに出掛けているのも知っているのだ。

ディアーナは楽しげに笑いながら、すぐ隣の席に座らせているリアの頬を軽く撫でた。ふっくらモチモチの肌をしているリアは、幼い頃から皆によく撫でられていた。少し大きくなった頃に国王や兄王子達は禁止になったが、ディアーナや姉姫達は同性の特権として未だに何かあるとリアを撫でているのだ。リアも特に嫌ではないので、割とされるがままになっている。


「…何か心配事でも?」

「あ…」


楽しそうにしていたディアーナの声が少し潜められるように小さくなり、一瞬真剣な眼差しがリアの目を覗き込んだ。いつも大らかで寛大な母の中の母と名高い王妃だが、一国の頂点の一部を担うだけあって多くのことを見抜く鋭さを常に隠し持っている。


「あの…わたくしも王女ですから、その立場は理解しているつもりですが…」


ディアーナの前では世間知らずの小娘など隠し事は出来ない。それが分かっているリアは先程騎士達が話していた内容をかいつまんで話した。勿論彼らにしてみればただの雑談であるし、リアはただ立ち聞きしてしまった立場だ。それを不敬と咎めることは出来ない。

それに末端とはいっても王族である以上、政略や臣下の報賞として望まれれば降嫁する義務があることも分かっている。それでも、いくら功績を立てていると言っても、あの男に求められることだけは嫌だと思った。


「そう…それは難しい問題ね…」

「申し訳ありません…」

「ああ、そうではなくてよ。リアちゃんをそんな物のように扱うことはわたくしが許しませんし、他の皆もそう思っていますよ」

「あ、ありがとうございます」

「難しいのは騎士の評価の方よ。このままじゃいけないと団長からも声が上がっているのだけれど」



かつて騎士の評価はその部隊の長官が行い、更に騎士団長が取り纏めていた。しかしそれは人により大きく異なるもので、どんなに活躍しても上官の覚えが悪ければいつまでも最下層の平騎士のままで、剣術の腕はなくても血筋や実家の資産などで出世する者もいた。それは腐敗の温床になると、きちんとした成果を数字で表すようにして、身分に関わらず活躍した者にはそれを評価する制度を作り上げた。一見それで平等なように思えたが、やがて成果を数字だけで表せない部分を担当する者が取り残されるという問題が生じて来た。遠征時に物資を補給する後方支援部隊や救護部隊は数字で現れるような成果ではないし、彼らの話題に上っていたニールのような立場もそうだ。

華々しく敵を倒すのは騎士の本分かもしれないが、それを支える人々もまた大事な騎士なのだ。その彼らを正しく評価することが重要ではあるが、またそれを制度化するのも困難なことでもあった。



「すぐに解決できないのが国を治める身としてはもどかしいところね。でもリアちゃんが望まないところに嫁がせることは絶対になくてよ。そこは安心してちょうだいね」

「はい、ありがとうございます」


ディアーナに力強く断言されてようやく肩の力を抜いたリアは、勧められるままに料理長渾身の新作菓子を思う存分平らげ、その幸せそうな顔を見てディアーナも非常に満足そうな笑みを浮かべたのだった。


国王に多くの妃や愛妾がいるのは、王族の聖女がなかなか生まれなかった為です。なので臣下から聖女が生まれそうな血筋の者を娶るように随分圧を掛けられていました。ただ国王は人を見る目はあったので、各派閥からバランスよく、政略と割り切れる者や無駄な野心を持たない者、他の妃と上手くやって行けそうな者を見事に選択しているので、勢力争いとは無縁の王家を実現しているのです。

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