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まんまる聖女と大盾の騎士  作者: すずき あい
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まんまる聖女との邂逅


この国には、聖女と呼ばれる女性達がいる。


かつて神殿で神に祈りを捧げる王家の姫を緑の精霊王と呼ばれる存在が見初め、自らの力を分け与え祝福を授けた。その祝福は植物を健やかに育む能力で、彼女が育てた植物はあらゆる生き物の空腹を満たし、それを食べて育ったものは病気に罹りにくく、怪我をしてもすぐに治った。そうして彼女は初代聖女と呼ばれるようになり、その力は娘や孫娘達にも受け継がれた。

しかし初代聖女が永遠の眠りにつくと、それを悲しんだ精霊王は自らの体を大樹に変えて共に眠りについた。精霊王樹となった彼の力はその地に宿り、張り巡らされた根のようにこの国にも広がった。そしてこの国は、精霊に祝福された豊かな地となり、長く栄えたと言われている。


しかし時が移ろうに連れ、少しずつその祝福も薄らいで来た。民は増えて文明も進んだが、同時に災害や不作なども各地で起こるようになったのだ。

当時故郷が災害に見舞われ荒れ地になってしまったことを嘆いた聖女の一人が精霊王樹に(こいねが)い、その願いを聞き届けた精霊王樹より特別な祝福をその身に宿した。そして彼女は授かった祝福を枯れてしまった故郷の土地に与える祈りを捧げた。するとたちまち土地はかつてのような豊かな実りを取り戻した。


それ以来、聖女の力を有する女性(おとめ)達は、その身に祝福を宿して枯れた土地に赴いては祈りを捧げることが国の慣例となった。



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騎士の仕事は非番だったニールは、思う存分朝寝坊を堪能してから、昼過ぎに空腹になったので何か食べようと市場をぶらついていた。


(何だ、あれ。ボールに…帽子?)


見慣れた景色の中、いつもとは明らかに違うものが路地裏に積まれた木箱の上に乗っかっていた。それは薄いグレーの丸い物体で、その上にちょこんとつばの広い女性ものの帽子が乗っている。あんなに大きなボールを木箱の上に乗せてよく転がり落ちないと感心すると同時に、何故あんなところに帽子を置いたのだろうと首を傾げた。


ソロリと近寄って見ると、そのボールのようなものは膝を抱えて蹲っている人間だった。上に乗っていると思った帽子は、ちゃんとその人物の頭に被せてあるものだったのだ。


「…あのう…」

「ひっ!」


ニールがそっと声を掛けると、その人物は驚いて弾けたくらいの勢いで顔を上げた。それがますますボールのように思えてしまう。


(女の子!?)


帽子のつばが跳ね上がるように上を向くと、その下には淡い金色の髪に淡い水色の瞳、抜けるように白い肌の顔があった。まるで絵本の中に出て来る精霊のような淡く現実感のない色合いに、一瞬ニールも固まってしまった。


「あの…大丈夫、ですか?」

「あ…ああああああの…わたくし…」


すぐに我に返ったニールは膝を付いて彼女の目の高さに合わせるように座り込んだ。ニールは騎士で、所属している騎士団の中では上位三本の指に入るほど大柄だ。身長だけならもっと長身はいるが、胸板の厚みや筋肉量は誰にも負けないと自負しているくらいだ。そんな自分に上から話しかけられたのでは女性は恐ろしく感じるだろうと思ったのだ。それに悲しいことに自分でも少々目付きの悪い凡庸な顔だと自覚している。女子供に初対面で信頼してもらえるようなご面相ではないのだ。

案の定、目の前の人物は見る間に顔色が悪くなっている。


目の前の人物は、とにかく丸かった。目も、顔も、そして全身もとにかく丸い。そんな彼女が膝を抱えるようにして丸まっていた為に、ニールには謎のボールに見えてしまったのだった。しかしまじまじと眺めてみると、柔らかそうな頬や少し垂れた目元が何とも愛らしい。


「あの俺…じゃなくて、私は騎士のニール・オルトセンと言います。あ、今日は非番なので襟章がないのか…どうしたものかな」

「あ、あの…大丈夫、です。お城で、遠くから何度か。お顔は存じています」

「そうでしたか。どなたかお連れの方は?もし城へ戻るのでしたら馬車をお呼びしましょうか」


ニールは基本的に魔獣を討伐する為に出ることが多いが時折王城の警備もしているので、彼女も城勤めならどこかですれ違っているのかもしれない。ニールには覚えはなかったが、大柄なニールは遠くからでも良く見えると言われるので一方的に顔を知られていることは割と多い。


「いえ、その…」


グウゥゥゥ〜〜


彼女が口を開きかけたとき、街中の雑踏の中でもはっきり分かるほどの大きな空腹を訴える腹の音が響いた。一瞬ニールは自分の腹の虫かと思ったのだが、目の前の彼女が見る間に真っ赤になった。


「何か、召し上がりますか?」

「その…連れとはぐれて…お金がないの、です」


恥ずかしそうに小さな声で呟くように答えた彼女は、ふくふくした手で自分の帽子のつばを引き下ろすようにして完全に顔を隠してしまった。その手の甲には小さな痣のような紋様が浮かんでいた。それを見てニールは彼女が聖女の一人なのだと気が付いた。



聖女には、生まれつき体の一部に精霊王樹の四つ葉を模した痣が浮かび上がると言われている。聖女達は幼い頃から王城の敷地内に建っている神殿に集められて、能力が弱くなる20歳前後まで神殿で暮らすことが義務付けられている。聖女は国を豊かにする宝と呼ばれていて、神殿で丁重に守られているのだ。

そして様々な理由で土地が枯れかけている領地から申請があると、神殿が聖女を派遣して特別な祝福を授けに行くのだ。土地に特別な祝福を授けることの出来る聖女は能力の高い者に限られていて、それが可能なのは国内では現在八人だけとなっている。

派遣されるほどの力のない聖女は、神殿の中心にある精霊王樹と薬草園の世話をすることが主な仕事だ。それでも聖女が世話をする薬草は非常に育ちがよく薬効が高いので、薬草園での作業も重要な国の仕事であった。



「お連れの方が財布を持っているのですね?」


ニールの問いに、彼女は声を出さずにコクリと頷く。つばの下に隠れてしまった顔は全く見えなかったが、頷いた時に真っ赤になっている耳はチラリと見えた。


「私もこれから食事なのですが、よろしければご一緒しませんか?ご馳走しますよ」

「え…?」


彼女はビックリしたように再び帽子のつばを手放してニールにポカンとした顔を向けた。まだ顔に赤みは残っていたが、むしろツヤツヤした頬が赤く染まっているのがよく熟れた果物のように可愛らしい。ニールは、過去に習った礼儀作法の記憶を絞り出しながら、そっと彼女に向かって手を差し出した。一応田舎の出身とは言え領主の末っ子として生まれたニールは、一通りの礼儀作法は習っている。毎日領民と泥だらけになって畑を耕すような田舎貴族ではあるが、教育だけは子供達に厳しく叩き込んでくれた母に少しだけ感謝したくなった。


「で、でもそれではご迷惑では…」

「可愛らしい姫君とご一緒できる機会ですので、私にお任せいただけませんか?」

「ひ…姫君…」


彼女はしばらく差し出されたニールの手を眺めていたが、また再び腹が「クゥ」と今度は可愛らしい音で鳴った。


「よ、よろしくお願いします」


音を誤摩化すように、彼女は慌ててニールの手に自分の小さな手を乗せた。その柔らかで焼き立てパンにも負けないフワフワした感触に、ニールは思わず感動していた。


(これは…シロが子猫の時の肉球そのもの…!)


ニールはついうっかり実家で飼っている猫の子猫時代の極上の肉球の感触を思い出して、顔が緩みそうになってしまった。何せ子猫の肉球はごく小さいものだが、彼女は小さいとは言え何倍もある人間の手だ。そのサイズの肉球の感触という至宝に、ニールは握り締めてしまいそうになる欲望を抑えるのに苦労したのだった。



彼女はリアと名乗り、「食堂」という店に行ってみたかったので王城から城下に詳しい侍女に案内されて街に来たということだった。しかし屋台の串焼きに気を取られているうちにはぐれてしまい、城に帰ろうにも道も分からなければ乗り合い馬車の乗り方も分からず、その上お金もなくて途方に暮れていたらしい。理由を話して聖女の証しの痣を見せれば後払いで乗り合い馬車にも乗れただろうが、その世間知らずな様子が何とも聖女らしくて、ニールは偶然でも見つけたのが自分で良かったと心底思った。いくら多くの者が聖女を国の宝と認識していたとしても、絶対的に危険がないとは限らない。何だか子供のように危機感のなさそうなリアに、ニールはきちんと城に送り届けるまで今日は自分が面倒を見ようと決意したのだった。



聖女は貴族や平民関係なく生まれるが、かなり早い年齢で神殿に預けられる。親の事情によっては生まれてすぐ、大きくても五歳までに神殿に行くことになっているのだ。それは聖女の力が上手く制御できないと周辺の植物に影響を与えてしまうので、神殿で同じ聖女から力の扱い方を学ぶ為だ。各地に派遣されるほどの能力の高い聖女は他国などに攫われたりしないように厳重に保護され、どんな姿をしているかも公表されないのだが、そうでなければ比較的自由に暮らしている。が、それでも俗世とは切り離された環境にいる為にどうしても世間知らずになりがちだった。



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ニールはリアが望む「食堂」とは少し違うかもしれないが、彼女が入ってもそこまで浮かないであろう女性客が多めのランチの店に案内した。逆にニールが浮くのであるが、そこは気付かないことにする。


「ニール様と同じものをお願いしますわ!」

「分かりました。ランチセットを二つで」

「チキンとハンバーグがございますが」

「俺はチキンで…ああ、チキン二つ」


ニールがチラリとリアを見ると、キラキラした目を周囲のテーブルに向けていた。もう口が半開きになっていて今にも涎でも垂らしそうな顔をしていて、注文を取りに来た店員の言葉は耳に入ってなさそうだった。ニールは自分と同じものと言ったのだから良いだろうとチキンを二つ注文した。もし嫌だと言われたらニールが二人前食べてリアには改めてハンバーグを注文すれば無問題だ。


ランチメニューなので既に用意されていたのか、驚くほどすぐに出て来た。黄色い皿にチキングリルが乗って、上からトマトソースが掛かっている。その隣には小さなパンとマッシュポテト、ふんわりとした葉野菜とキュウリが添えられていた。見た目は色鮮やかなワンプレートランチだが量がどう見ても女性向けで、ニールには到底足りそうになかった。


(仕方がない。このお嬢さんを城まで送り届けたら屋台で何か食うか)


向かいでニコニコしながら食前の祈りを捧げる間も惜しい顔のリアがいると、内心のガッカリは悟られないようにしようとニールも一緒に祈りを捧げた。正式な晩餐でもない限り食前の祈りは省略されがちでニールも普段はそんなことをしないのだが、そこは聖女の彼女に合わせておくことにした。


「まあまあ、こんなに弾力のあるチキンは初めてですわ!」

「そ、そうですか」


それは使っている鶏肉が固いということなのだが、リアは却ってそれが新鮮らしくて妙に嬉しそうだった。ニールはいつものような早食いはしないように気を付けてパンを手に取ったが、先程繋いだリアの手の方がはるかに柔らかくて美味しそうだとうっかり頭に浮かんでしまい、慌てて半分を千切って一気に口に放り込んだのだった。


ニールはゆっくり食べようと思ったのだが、リアのペースに合わせていたら普段とあまり変わらないスピードで食べ終えていた。彼女の食べ方は非常に上品だったのだが、まるで吸い込まれるように皿の上から消えて行くのだ。気が付けば二人揃ってほぼ同時に皿の上には何も載っていない状態になっていた。


リアは最後の一口を食べ終えて、そのままカトラリーを置くのかと思いきやそのまま石のように動きを止めてしまった。


「リア様?どうなさいました」

「…ニール様…」


完食してから今更口に合わなかったということはないだろうが、慣れないものを食べたりしたので気分でも悪くなったのだろうかとニールは慌てる。そんなニールに向かってリアはヘニャリと眉を下げて半分泣きそうな表情になった。


「…どうしましょう。全然空腹のままですわ」

「追加注文しましょう」


間髪入れずニールは店員を呼んで、今度はハンバーグのランチセットを二つ注文したのだった。



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