君はまだ、俺のアイドル
結局のところ、俺たちは一度はパチンコ屋さんに入ってみたのだが、あまりのうるささにすぐさまギブアップ、逃げるように店を出た。耳がおかしくなる。
で、最終的な結論は、ゲームセンターに行く。だった。
待ち合わせ場所の居酒屋からもさほど離れていなかったし、時間を潰すにはちょうど良い塩梅だろう。
ここらでは一番大きなゲームセンター。フロアは全部で三フロアあり、さまざまなアミューズメントが点在している。クレーンゲームとか、音ゲーとか。格闘ゲームもあるな。
なんて、最近のゲームの最新鋭具合に感嘆の声を漏らしながら、目的もなくふらふらと見て回る。
「あ、このゲーム」
「なんですか?」
俺が向けた視線を追うように、夕歌も首をくるり。
「アルティメットダンス。ほら、歌に合わせて踊ってスコアを稼ぐゲーム」
まぁ、なんとなく恥ずかしくて、俺はやったことないんだけど。
「あぁ、聞いたことあるかもです。で、それがどうしたんですか?」
何故わからない?
「いや、ユーカにやってほしいんだけど」
だって元アイドルだし。
「嫌ですよ。いろんな人に見られるの恥ずかしいじゃないですか」
……?
「ユーカが言う?」
「ファンの方と一般人は別です」
基準がわからん。どれも同じ人間だろ。
「俺はユーカのダンスが見たい」
久々に。
「なんでマジ顔なんですか……」
「頼む」
「お断りします」
埒が明かんな。
「ねぇお願いだよぉこの通りだよぉ! 俺はユーカにこれやってほしいよぉ!」
ええい、恥じらいなんざ知るか! こうなりゃ引くほど駄々をこねてやる!
「ううわ気色悪! なんですか急に! やめてくださいよ! みんな見てるじゃないですか!」
周りからの好奇の視線に気づいた夕歌が、顔を真っ赤に染めて俺のアルティメット駄々をやめさせようと俺を羽交い絞めにする。
あ、なんか柔らかいの当たってる。
「……じゃ、あと五分くらいこの体勢でいてくれ」
「はい?」
そんな俺の言葉に、しばし硬直。数秒後、意味が分かったのか、羽交い絞めを解除。恥ずかしそうに胸元を抑えた。顔もみるみる紅潮している。
「へ、変態!」
「なにおう! 胸押し付けてきたのはユーカの方じゃないか!」
「私はいきなり暴れだした群上センパイを拘束しただけです!」
顔を真っ赤に染めて、全力の身振り手振り。
「こ、拘束プレイだと! この変態!」
「こ、このっ!」
うーん、いいなぁこの、攻守が切り替わる感覚。いつもおちょくられてばかりだから、こう、攻める立場になるのも新鮮で楽しい。
なんて、リンゴみたいに顔が染まった夕歌を見ながら、ほのぼのと思った。
アイドルとして推していた時代も楽しかったけど、後輩として推している今も、同じように楽しいな、などと。
後輩としての推し、言いえて妙だ。今の俺たちは、そんな関係性なんだろうな。
先ほどまで集まっていた視線だったが、既に散り散り。思っているより、人は他人に興味はない。
「ははぁん」
「なんですか、その車に轢かれたカエルみたいな顔」
言ってろ。
「自信ないんだろ」
「はい?」
「そっかそっか。うーん、確かにそうかもしれない。アイドル時代もダンス上手い組ってわけでもなかったもんな。うんうん、思ったより下手じゃんって思われるのが怖いんだな」
明らかに特売価格の挑発だったのだが、夕歌はバーゲンセールに目がなかったらしい。即断お買い上げであった。
「……りますよ」
なんだか、背後に炎が見える。今のゲームセンターはそういうプロジェクションなマッピングが施されるほど進化したのか? いやはや、時代の流れである。
「なんだって?」
「だぁぁ! やーってやるですよ! 目にもの見せてやるですよ!」
一丁あがり。やったぜ。
アイドル時代、そうやって挑発されて、さんざ恥ずかしがった俺とのハートマークチェキを撮ったことを忘れてやがるぜ。
すぐさま俺は筐体に百円玉を投入し、夕歌を促した。
アンガーマネジメント的には、怒りは六秒しか継続しないという。
当然、すでに六秒が経過しており、夕歌は安い挑発に乗ったことを後悔しているようだった。
しかし、とはいえ頑固な夕歌は、それをなかったことにしようとはしなかった。
「そ、そうは言っても、やったことのない楽曲のダンスなんて……」
いやまぁ、それはそうだね。
「でもそこはほら、元アイドルですし」
「アイドルを何だと思ってるんですか」
「どん底だった俺に勇気と希望をくれた大事な存在」
「ふんっ」
何が気に入らなかったんだよ。セリフがクセェって?
「あ、これどうだ? 確か初期の頃にカバーで踊ってたよな?」
ずらりと並ぶ楽曲一覧の中に、かつてらぶくらがカバーして踊っていた有名アイドルの楽曲を発見した。
「え、えぇ、踊りましたけど」
「じゃあこれがいいんじゃないかな」
「でっ、でももう何年も前の話で!」
「さぁいってみよー!」
ごちゃごちゃ言っている夕歌を華麗にスルーし、俺は決定ボタンを押した。
「あぁ、勝手に!」
「じゃあ俺はこっちから見てようかな」
俺は、ダンスの振りが表示されるモニター側に立って、夕歌を見据えた。
「なんで正面なんですか。後ろにベンチあるじゃないですか」
不服そうな夕歌。
しかめっつらで、ベンチに座れと、しっし、なんてジェスチャー。へへ、やなこった。
「アイドルを正面から見ないでどうする」
「今は違います。だから後ろに――」
「ほら曲始まったぞ」
「あぁ、もうっ!」
観念したかのように、夕歌は表情を一変させた。
流れてきた曲に合わせて、リズム良く動く、夕歌の体。華奢な手足。
あの頃、アイドルをやっていた夕歌を彷彿とさせるような、それでいて、そのまま大人へと成長を遂げた夕歌の、アイドルスマイル。
「~♪」
さっきまで恥ずかしがっていた夕歌はどこへやら。歌詞を口ずさみ、つっかえることなく踊る。
ちらりとモニターを見れば、現状パーフェクトだった。さすがだな。
照れなんてひとつも感じさせない、全力の笑顔。あの頃の俺が熱狂していた姿そのものだった。
Bメロを終え、サビへと突入しかけた。
そこで、ふと思い出した。
――この曲、サビ前に指差し振付あったよな……?
と。
「だいっすっき~♪」
可愛らしく踊る夕歌の指先は、一直線に俺へと向かっていた。
「お、おぉふ」
キモすぎる声が出た。騒がしいゲームセンター内でなければ間違いなく夕歌に聞こえていただろうし、間違いなく罵倒されていただろう。
あと普通に可愛すぎて尊死した。
俺にそこからの記憶はない。