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変わらない天使のスマイルで

 神楽坂ユーカ改め山口夕歌が、どんな運命のいたずらか、俺の直属の部下となってから、十日が過ぎた。


 本日金曜日、そう、華金と呼ばれる日である。


 月曜日から金曜日の五日間を働くサラリーマンにとって、金曜日とはこの上なくテンションが上がる曜日であり、俺もまた、例外ではない。


 入社四日目となる夕歌は、会社の空気というものに少しずつ慣れてきたのか、きびきびと研修をこなすようになった。適応が速いのはアイドルをやっていたからだろうか。人間関係広そうだし。


 会社では至極真面目な俺と同じように、夕歌も真面目そのもの、思わず関心している。

 だから、金曜日だからとだらだら仕事する社員とは別に、そんな浮かれた空気を感じさせない熱心さなのは、かえって真面目過ぎではないかとも思うわけだ。


「気合入ってるねぇ」


「当然です。仕事ですから」


「関心関心。じゃ、ぼちぼち会社全体としての研修は切り上げて、俺たち事業企画部としての業務研修も始めていくか」


「そこは群上センパイにお任せします。私の進捗を見て、適切にご指導いただけると助かります」


 しかしながら、周りに社員がいる空間での夕歌の接し方は、なんというかむず痒いものがあるな。


「で、うちは結構、他の部署との連携が大事なところもあるんだよね。事業を成功に進めていく為の調整ってのもあってさ。つまり、コミュニケーションが大事ってこと。山口さんは得意?」


「どうでしょう……ですが、仕事なので頑張ります」


 そこは得意です! で良いだろうに。アイドルほどコミュニケーション能力に長けた人種もそういないぞ。


「それなら安心。じゃあそうだな、まずは総務部あたりから、挨拶周り行ってみよう」


「はい!」


 すこぶる、いいお返事である。


 ちなみに、わが部署での夕歌の評判は上々だ。その見惚れる容姿もさることながら、熱心に仕事に打ち込む姿が、主に男性社員の心を掴んでいる。むろん、女性社員からも可愛いがられている。


 教育係であることを羨ましがられることも、この十日間に少なくなかった。


「じゃ、笹嶺課長、ちょいと席を外します」


「おう、いってら」


 俺は二十八歳にして課長、とかいうわけのわからん出世速度を誇る美人課長(自称)に事情を説明し、席を立った。


「笹嶺課長、行ってまいります」


 夕歌も同じようにそう言ってから、深々と頭を下げる。


 それを見ていた笹嶺課長は、どこか不満そうだった。どうせいつものが始まるのである。新人泣かせなアレが。


「相変わらず固いなぁぐっちゃんは。もっとフランクに接してくれてもいいんだぞ? あたしはそういうのに甘い」


 ぐっちゃん? やまぐっちゃん、てことか?


「そ、そういうわけには……」


 夕歌が戸惑っていた。俺も新人の頃は当時係長だった笹嶺さんにたじろいだものだ。うんうん、良い思い出。


「龍也がいちいちうるさいんだろ? そのへん」


 唇をとんがらせて俺を指さす二十八歳児。


「なんで俺に飛び火するんすか」


「だって龍也、かてーじゃん。頭」


「当然です。上司にため口とかとんでもない話ですからね。というか、部下にため口の強要はもはやパワハラです」


「ぱっ! パワハラとはなんだぁ! パワハラとは! 山口! どっちの言い分が正しいと思う!?」


 そんなカスみたいな質問を投げかけられた夕歌の戸惑い度がもう一段上がる。だからそういうところだっつーの。


「そ、それは……」


「相手にしなくていいよ、山口さん」


「人を暇人みたいに言うなっ!」


「あぁはいはい。暇人じゃないなら仕事しましょうね」


 三年もこの人の下で働いていると、いなしかたも自ずと見えてくる。


「ぐぬぬ……」


 この人、もう少しおとなしければ異性からモテモテだろうに、これだからモテないんだよなぁ。顔が良いだけにもったいない。


 夕歌が可愛い系だとするならば、笹嶺課長は圧倒的美人系だ。黒髪のボブにキリリとした瞳。すらりと伸びた鼻筋。ぷっくりとした唇。


 実は俺も、新人の頃は惹かれていた。


 が、中身を見て萎えた。


「じゃ、無駄話してる暇もないので失礼しますよ」


「無駄話とはなんだきっさまぁ!」


 後ろでなんだかんだと騒いでいたが、それを完全に無視。周りの社員は「またいつものか」なんて具合にクスクスと笑っていた。


 まぁ、認めたくはないが、笹嶺課長のおかげでうちの部署が上手くいっている。そこは事実だろう。まぁ認めたくはないが。


 ……夕歌が、俺が優秀で悔しいと言っていた意味が分かったかもしれない。

 夕歌は、ごちゃごちゃ騒いでいる課長を放っておいていいのかおどおどとしながらも、俺についてきた。


「あの人、いつもあぁだから気にしなくていいよ」


「なんというか、すごい人ですね」


 どっと疲れたような表情をしていた。


「去年入社した新人には、私のことはささみちゃんと呼べとか強要してた」


「……想像出来ます」


 二年目の高木君、涙目だったな、あの時。


「さて、災難も去ったことだし、本題。挨拶周り行くよ」


「あ、はい!」


 そうして、入社十日目、ついに他部署との交流が始まるのだった。ちょっとばかし遅い気もしないでもないが、入社直後で緊張感を持っている中で他部署とのコミュニケーションをとるのは、それはまぁ心的負担も大きいだろうと考えてのことだ。


 さて、夕歌は生まれたての小鹿みたいにプルプル震えていたが、そういえば新入社員だった頃の俺もそうだったな、なんて思い出して「みんないい人だから安心して」なんて勇気づけてやった。これで惚れない女の子はいないと思う。俺調べ。


 とはいえ、俺と夕歌は推しとアイドルって関係だし、別に好きとか嫌いとか、そういうものではないんだよな。


 どちらかと言えば友情? に近いような、そんな感覚。俺はいわゆるガチ恋勢ではなかったし、そんな感じ。よくわからん。


「別に、不安になんて思ってません」


「そりゃ、隣に俺がいてくれるわけだし?」


 緊張をほぐそうと、そんな冗談を言ってみる。


「それは、そうですけど……」


 照れくさそうに認められたから、にやけ顔を見られないように先を歩いた。


 こういう素直なところは、アイドルの頃から変わらない。


 というか、むしろ、彼女はあの頃と何も変わっていないのかもしれない。無論、いい意味で。

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