悪いのはきっと俺で、君は少しも悪くはない
「で、お兄さんはどう思う?」
「だから、話の流れが読めないって」
ミクがお気に入りだと案内してくれたのは、駅から少し離れた路地にある、こじゃれた喫茶店だった。
どうやら、お姉さんのお気に入りで、直々に勧められたらしい。さぞおしゃれなお姉さんなんだろう。
そうして、着席早々に、さっきと同じ質問だった。
「あぁ、そか。えーっと、まずは自己紹介? うち、神宮司ミク。あ、すみません。アイスコーヒーふたつお願いします。お兄さんもそれでいい?」
「俺、群上達也」
「ぐっちゃん……だとかぐちゃんと被るな……じゃあたっちゃんで。はい、アイスコーヒーふたつで大丈夫でーす」
にこやかに去っていく店員さん。確かに、雰囲気の良い店だ
「無理にあだ名つけなくても良いんじゃ?」
「親しみやすさの問題。これからそこそこセンシティブな話をするわけだしさ」
「初対面なのにな」
「うん、初対面なのに」
さすがアイドル。話しやすさが尋常じゃない。
「うち、アイドルやってるんだよね」
「あぁ、道理で可愛いと思った」
「お、褒めるねぇ。どっちかって言えば驚かれると思った」
「いやいや、ミクほど可愛ければアイドルやってても不思議でもなんでもないし」
「あぁ、もしかしてナンパのつもりで声かけた?」
「そう見えたか?」
はたから見たらそうとしか思えないだろ。
「ま、ナンパだったら普通に逃げてたけどね。で、アイドルやってて、前に入ってたグループの子とたまたま会ったの」
「運命の再会みたいなね」
「でさ、その子、それきりアイドルをスパッとやめて、今日会ったら就職してたの。それを偉いーって褒めたら急に様子がおかしくなっちゃって……それで……うぅ」
話しながら、思い出し泣きし始めた。
「ほら、泣くな泣くな。アイスコーヒー来たぞ」
「うぅ……ズルズル」
「だらしない飲み方だな……せめて手ぐらい出そうぜ」
首だけ伸ばしてストローに口をつける。下がっていく水位を見つめながら、俺はそう言った。
「うるはい。うひはひは、おひこんへるんへふ」
「何言ってっか分からん」
さしずめ、うちは今落ち込んでるんです、って言いたいんだろう。
「で、なんで急に変になったと思う?」
テンションの起伏が激しすぎることの方が気になるよ俺は。
「その子、どうしてアイドルをやめたんだ?」
ずっと気になっていたこと。なんとなく、本人には聞けなかったこと。
ここで、第三者に聞くのは少しばかり卑怯な気もしたけれど、それでも、これから夕歌と関わっていくのなら、必要なことに思えてならなかった。
「あー、話すとちょびっと長いけど?」
「言ったろ、予定消滅したって」
「そっかそっか。そもそもね、その子、ユーカってんだけど、うちはかぐちゃんって呼んでるの。あぁ、アイドルネームが神楽坂ユーカだから、かぐちゃん。でさ、かぐちゃんが目指したアイドルってのがさ、ある意味真のアイドルだったのよ」
「偽のアイドルって存在するのか?」
「まぁほら、なんとなくでやってる、みたいな。うちなんかもそう。特に明確な目的というか、夢みたいなものはないっていうか。そんな感じの。でもかぐちゃんは違ったの」
俺は、何度か首を縦に振り、続く言葉を待った。
「みんなに笑顔と幸せを届けられるアイドルになりたい。うちらのグループに入ったときに、かぐちゃんはそう言ったの。うちみたいに、なんとなく歌って踊ったりしてたい、なんて軽い気持ちじゃなく、明確に夢を持ってた」
「アイドルをやる理由なんて人それぞれだし、それに正しいも正しくないもないと思うよ」
「えへ、ありがと。まぁでも、さ。明確な欠点っていうか、かぐちゃんには一個問題点があって」
アイスコーヒーをひと啜りした。それを見て、俺も真似る。
お、美味いなこのコーヒー。風味がしっかりしている。
コーヒーの美味しさに感動している俺を見て、ミクは嬉しそうに笑い、続けた。
「かぐちゃん、めちゃくちゃ嫉妬深かったんだよねぇ」
「へぇ、嫉妬」
「そ。まぁ嫉妬の亜種、みたいな感じなのかな。自分を好きって言ってたファンが他のアイドルを追ったりしてるのを見ると我慢出来ないみたいな」
「なるほど? で、亜種ってのは? それじゃ通常種だ」
「まぁなんていうのかな。自分じゃないアイドルを追ったりしてると、自分が笑顔と幸せを届けられていないんじゃないかって、重く考えちゃうみたいな」
あぁ、なるほど。
自分じゃないアイドルを追っている姿を見て、自分に劣等感を覚えるというか、自分に足りない何かがあるんだって思い悩むような、そんな感じか。
「タチが悪いのが、それをファン本人に言っちゃうところなんだよね。ほら、別のアイドルに行ってたファンにヤキモチ焼いて喜ばせるーってのはアイドルにはよくある話なんだけど、それがかぐちゃんの場合ガチ過ぎてさ。ファン、普通に引いてたし」
「まぁ、自分の何がダメなんだって執拗に聞かれたら気疲れもするだろうな」
あくまで楽しむ為にアイドルを見に行って、いざチェキを撮るときに半ば説教じみたことをされりゃ、そりゃたまったものではないだろう。
「まぁ、歌とダンスも発展途上だったし、あまり焦らない方が良いよって言ってはいたんだけどね」
ま、そこは概ね同意。一生懸命さが伝わるダンスだったし、心を込めているのが通じる歌声だったから俺は惚れた。それでも、客観的に見て上手いかと聞かれれば、まぁ、うん。
「で、そんな立ち振る舞いだったからさ、最後にはファンが一人だけになっちゃって」
うん、それ俺だ。
「その人も、なんか急に来なくなっちゃったんだよね。なんでだと思う?」
「なんでだろうな。ほかに好きなアイドルが出来たとか、そんな感じじゃないのか? ほかのファンの人みたいに疲れちゃったとか」
なんだか、目が怖い。蛇に睨まれているような恐ろしさがあった。
「……本気で言ってる?」
「え?」
「群上のGと、龍也の龍でドラゴン、か。安直だなぁ」
……えぇ。
「な、なにを言っているのですか」
「いや、普通に気付いてたよ。ていうか、流石に急に声かけてきた初対面の男の人と喫茶店なんか来るわけないっしょ?」
……。
「それはおかしいとは思ってたけどさ」
だとしても、だったら最初からそう言えよ。知らないふりして聞いてた俺がバカみたいじゃないか。
「それに、仲間の内情もペラペラ話さないし」
「うん、ごもっともだ」
確かにこう、秘密保持に関する意識が低いなとは思っていたけど。社会人になってから苦労するぞ、それ。あぁいや、社会人になるのかどうかも分からないのか、アイドルだと。
「で、どういう関係? どうせさっきも一緒にいたんでしょ? まさかとは思うけど、裏でたぶらかしたりして辞めさせた?」
「そんなわけないだろ。ユーカが一生懸命アイドルやってたのは、俺だって知ってんだ」
だから、あれだけ、夢を追いかけていた夕歌に惹かれたんだ。
「なんてね。冗談だよ。あの落ち込みようを知ってれば、そんなわけないって分かる」
「その……落ち込んでたっていうのは?」
「かぐちゃんにとって、自分だけを推してくれる唯一のファンがたっちゃんだったの。で、急に来なくなっちゃったもんだから、そりゃーもう凹むわ泣くわで大変だったんだから」
そこまでだったのかよ……さすがに、想定外だ。
「ご迷惑をおかけしまして……申し訳ない」
「まぁそれは個人の自由だし、強要出来ることじゃないけど。うちはたっちゃんは本気でかぐちゃんを追ってるように見えてたから。ねぇ、なんで急に来なくなったの?」
「就職を機に、ってやつだ」
「本当にそれだけ?」
それまで、あっけらかんとした雰囲気を漂わせていたミクが豹変した。
それはきっと、自分が大切な仲間だと思っていた夕歌がやめるきっかけになった理由をしりたいと、心の底から思っているからなのだろうと思う。
「正直に言わなきゃダメか?」
「無理にとは言わないよ。でも、もしたっちゃんがそれを心に押し込めているなら、話せば少しは楽になるんじゃないかなとは思うよ」
「はは、誘導が上手いな」
「そりゃあもう、たっちゃんが大好きだったらぶくらの元メンバーだからね。まぁ、私には少しも興味なかっただろうけど」
……否定出来ない。確かに、ばったり鉢合わせた瞬間は誰だか分らなかったしな。
「そんなことないよ。俺、一応はらぶくらすたぁってグループそのもののファンでもあったし」
それでも俺は、らぶくらが好きだったんだ。
「そんなに面白い話でもないけどな」
けれどミクは、「構わん構わん」なんて言って、アイスコーヒーを持ち、聞く体勢へと移行した。




