表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/22

戦う友と書いて戦友

「忘れもん、ねーか?」


 昨日のうちに洗濯しておいたスーツを着こなした夕歌に、そう尋ねた。


「大丈夫ですよ。それに、もし忘れ物があっても、明日会社で渡してくれればいいじゃないですか」


 にしし、なんて笑う。


「バカ言え、誰かに見られたら変な疑いかけられるだろうが」


 誰に見つかっても、そりゃ怒られたりはしないだろうが、都度ネタにされるに決まっている。


「後輩を二連泊もさせた人が言うことですか?」


「おう、もう二度と泊めないから安心しろ」


「私との添い寝、気持ち良くなかったですか?」


 照れ顔で、痛いところを突きやがる。もうなんていうか、バカみたいに動揺することもなくなったというか、もはや慣れた。


「ユーカはずいぶん気持ち良さそうに寝てたぞ」


「今私の話関係あります?」


 からかおうとして、真っ直ぐ返されて照れるってのが夕歌の可愛らしいところだ。ザ・空回りって感じがして。


「なんかさ、唇に変な感触が残ってんだよなぁ。心当たりない?」


「さ、さぁ? 少しもありませんね」


 あ、焦ってる。本当に寝てると思ってたのか。


 我ながら、完璧すぎる寝たふりだったらしい。


「ふーん……で、もっと大人になっちゃいますね、かぁ。何したんだ?」


「えっ……え……?」


 明らかな動揺。ものすごい勢いで暴れまわる瞳。


 たまにはこっちがからかう側に回っても、バチは当たらないだろう。


「ち、ちちちちが! あっえ、あっあっ!」


 真っ赤な顔で両手をぶんぶんと振る。早すぎて指が三十本くらいに見える。


「何焦ってんだ?」


 そうは言っても、俺も動揺しないように必死なんだけど。


 たまには攻撃のチャンスくらいくれたっていいだろう。


「起きてたなら起きてるって言ってくださいこのばかぁ!」


 あぁやっぱり、あえて声に出して俺が寝てるか確認してたのか。なんというか、そういうせこい真似するところも可愛いし推せる。


「いや、ほぼ寝てたんだけどさ、隣の独り言がすごくてな」


「ぜ、全部っ……?」


「おう、バッチリ」


 思いっきりサムズアップしてやった。


「帰ります」


「おう、また明日な」


 夕歌が全力で「は?」みたいな顔をした。


「引き留めてくださいよ!」


「引き留めてほしいのかよ!」


 この状況で? 女心、わかんねーなぁ……。


「恥ずかしいから今すぐにでも帰りたいです」


「どっちなんだよ」


「でも駅まで送るくらいはしてくださいよ」


 いくらなんでもわがまますぎるだろ。


「最初からそう言えばいいのに。なんならそのつもりだったし」


 靴を履き、玄関から出る。暖かな春の陽気に当てられながら、俺たちはエレベーターへと乗り込んで、そう言った。


「ふん、性格悪いですね。だから彼女いないんですよ」


 閉まるエレベーター。響く夕歌の小言。


「ユーカがいるから別にいいよ」


「っ……! なんだか、昨日から群上センパイと立場が逆転してる気がします……悔しいです」


 肩をがっくりと落として、分かりやすく落ち込む夕歌、いつまでも転がされると思うなよ二十歳の小娘が。


 とはいえ、

「そんなことねーよ。結局俺はユーカに振り回されてんの」


 ライブハウスで夕歌を見つけた、あの日から。途中、空白の期間はあれど、それでも、ずっと、ずっと。


「どうでしょうね」


「いや、それは思ってる以上に本当だぞ」


「途中でライブに来なくなったのにですか?」


 夕歌は、俺の発言に全くもって納得出来ないといった様相で、俺を見ようともせず、屹然とした態度で言い放った。


「それは……俺にも色々あったというか、その頃はさ」


 就職したばかりの頃。


 俺が、夢から逃げた頃。


 なんて、少し嫌なことを思い出したのは、マンションを出て路地に進み、駅へと向かっている中だった。


「あれ? かぐちゃん?」


 なんて、不意にそんな声が届いた。


 とはいえ、それが俺たちに対してだなんて思いもしなかったから、俺は構わず歩いていた。


 でも、どうやら、それは間違いなく俺たちに、正確には、隣で気まずそうな顔をしている夕歌への言葉だったらしい。


「あ……ミク……」


 ん? ミク?


「えー久しぶりじゃん。卒業ライブぶりだよね? 急に連絡とれなくなっちゃうんだもん。心配してたんだよ。でも会えて嬉しい!」


 あ……この子、神宮寺ミク、らぶくらのメンバーだ。


 俺は思わず、別人のふりをしてその場を通り過ぎ、物陰に隠れて耳を澄ませた。色々と面倒な話の流れになるのも御免だった。


 盗み聞きのような気もしたけれど、この際そこには目を瞑っていいだろう。


「ごめん。色々あって」


 さて、夕歌の様子が、どこかおかしい。


 俺に見せたことがない表情? 側面? なんて言ったらいいかはわからないが、どんな感情の元に生まれている姿なのか、わからない。


「かぐちゃんが卒業してから、うちらも結構大変だったんだよー? グループとしての形も変わって」


「え……? いや、でも……私、ファンもいなかったし……」


「何言ってんのさ。人気があるとかないとか、そんなの関係ないよ。なんならユーカとうち、二人でビリ争いしてたじゃん」


 けらけらと笑った。


 そういや、そうだったな。


 しかしミクもミクで、容姿も良ければ性格も良い。だってのに、夕歌より少し人気があったかどうか、程度だった。


 それくらい、アイドルの人気ってのは不安定なんだ。


「なんかさ、かぐちゃんは自分が足引っ張ってるって責任感じてたみたいだし、それに唯一のかぐちゃん単推しのファンの人も来なくなってさ、ちょっと精神的に参ってるなとは思ってたんだよね」


 それ、もしかして、俺のことを言っているのか……? 唯一の? それが、グループでの共通認識だったってのか?


「や、えと……」


「だからかぐちゃんのメンタルに限界がきちゃって、卒業を決めた時も止められなかったのは、うちは後悔してるんだよ」


「ごめん」


 申し訳なさそうに俯き、ぼそりと零した。


「え! まってまって! 全然責めてるわけじゃないよ! ……でも、そのスーツ、就職したんだね」


 対するミクは、カジュアルな服装に身を包み、髪も金髪に染め上げていた。


「うん、そう。私は、アイドルにはなれなかったから」


 なんて、その表情は、あの日、酔っぱらった夕歌が同じようなことを口走った瞬間と似ていた。


「でも、ちゃんと就職するなんて、かぐちゃんは偉いよ」


「そんな……ことない……」


 ……夕歌? どうしたんだ? なんでそんなに震えているんだ?


「いやいや、そんなことあるって。いつまで夢追っかけてるんだって、笑っちゃう。でもまぁそろそ――」


「そんなことないって言ってんの! なんなのよさっきから! こっちの気も知らないで! 私とあんたは違うのよ! 私は……あんたとは……!」


 辺りを包む静寂。まばらな通行人も、何事かと視線を向けていた。


 それでも、夕歌は気にも留めていないようで、俯きながら、肩で息をしていた。


「あんたは私には眩しすぎる。もう顔も見たくない。さっさとどっか行ってよ」


 なんて、絶縁宣言。


 ようやく会えたって嬉しそうにしているミクにそんな態度、あんまりじゃないのか? って、俺は思ったけれど。それでも、俺が首を突っ込むべき話ではないと理解もしていた。そんなジレンマが、俺の中で渦巻く。


「ど、どうしたのさ。うち、なんか悪いこと言っちゃった?」


「……あんたがどっか行かないなら、私が行く」


 それだけ言い残した夕歌は、何を思ったか、駅の方角へと向かって猛然と走って行った。


 あまりにも唐突で、理解が出来なくて、俺は、ただそこからボーっと眺めていることしか出来なかった。


 ふと我に返り、追いかけようとしたけれど、既に背中は見えなくなっていた。流石に、体力あるな、あいつ。


 いや、そんなことよりだ。


 問題は、今ここで、茫然と立ち尽くすミクである。


 ある意味放心状態というか、それに似た状態。


「えっと、大丈夫?」


 気付けば、声をかけていた。


 心配、って気持ちが大きかった。


「え……?」


 驚いたような、戸惑ったような表情だった。


 そりゃ、俺みたいな一ファンのことまで覚えているわけはないのだ。夕歌の前例があったから、勘違いしていた。身の程を弁えろよ。


「あぁ、いや! その、急に大きな声がして、喧嘩かなって、心配になっちゃって……。すみません、迷惑でしたね……」


 何をやっているんだ、俺は。


 苦楽を共にしたメンバーに一方的な絶縁宣言をされた直後の女の子に声かけるとか、デリカシーなさすぎだ……。


「ごめんなさい。ちょっと動揺しちゃってて。でも、ありがとうございます」


 急に見知らぬ人に声をかけられたってのに、随分とはきはき喋るものだな。


「こっちこそ、なんかごめんね。首突っ込むみたいな真似しちゃって」


 よく見れば、目尻に涙を浮かべていた。


 その雫を指で拭った彼女は、一度小さく深呼吸をする。


「一人だったら、どうしようもなく落ち込んでたかも。むしろありがたいかな」


「そう言ってもらえると気が楽だよ……ははは」


 あわや通報といった事案であったが、ミクの予想外の対人スキルによってことなきを得た。


 それどころか、だ。


「はぁ……ねぇお兄さん、うちのどこが悪かったと思う?」


 なんて、初対面とは思えない質問をなげかけてきたことは、俺の脳で処理出来る意外性ではなかった。


「え? いや、事の顛末が分からないから、なんとも言えないんだけど……」


「ま、そうっすよねぇ……お兄さん、時間ある?」


「本当は予定があったんだけど、まさに今消滅したところ」


 夕歌、どっか行ったし。まぁ、帰ったんだろうな。追っても無駄だろうし、何より、今は一人にしてやった方が良さそうだ。


「ふーん。じゃ、ちょっと付き合ってくれない?」


「君の予定は?」


「お姉ちゃんの家に行く途中だけど、別にいつでもいいの」


「ふーん。いやまぁ、良いけど。初対面の人、そんな風に誘うか?」


「うーん。初対面なのに、初対面に感じない、みたいな? なんか親しみやすいっていうか? まぁ良いじゃん。良い店知ってるからさ」


 そりゃ、その実初対面ではないからな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ