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滝行無効化小悪魔アイドル

 スーパーで食材を買い込んで、帰宅。時刻は既に七時を回っていた。


 ……これ、多分だけど絶対終電間に合わないよな。


 いや、間に合ってほしくないわけじゃないけれど、それでもどこか期待しちゃうような。くそ、考えて恥ずかしくなってきた。


 自分の社会人としてのダメさ加減に辟易しながら、俺はレジ袋から食材を取り出す夕歌を手伝った。


「何か手伝おうか?」


「包丁持ったことあります?」


「調理実習で指を盛大に切ったことある」


 通称、群上死にかけ事件。


「ひっこんでてください」


「ういっす」


 しっしっなんてジェスチャーをされ、俺は歯向かうことなく引き下がった。邪魔しちゃ悪い。


「じゃ、テーブルとか片づけておいてください」


「りょーかーい」


 そう言って、散らばったテーブルに視線を送る。ため息ひとつ。


 まぁ、書類関係片付ければ終わりだし、簡単な作業だ。


 いっぺんにつかみ、作業デスクへと放る。はい、完了。


「終わった!」


「それを片付けたとは……まぁ、いいです」


 とんとんとん。


「おぉー、手際良いね」


 喋りながらもテキパキと手を動かす夕歌に、思わず感動。


「そんなことないですよ」


「いや、なんか意外というか。良いお嫁さんになるなぁ」


「そうでしょうか」


「うんうん。結婚するやつは幸せ者だよ。羨ましいなぁ」


 いかん、推しの手作り肉じゃがに年甲斐もなく浮かれちまっている。いや、無理もない。俺は自分で自分を認めるさ。


「羨ましいですか?」


「そりゃもう。可愛いし料理も出来るし、性格も見方を変えれば魅力的。悪い部分が一つも見つからない」


「立候補、してみます?」


 とんとんとん。


 とんとんとん。


 思いがけない投げかけに、思わず言葉が詰まった。


 それ、そういう意味ってことか? いやまさか。またいつものやつに決まってる。食いついたら「何本気にしちゃってるんですか?」とかいってニタニタ笑いよるあれだ。


「はは、俺には荷が重いな」


 そこそこ、正解な答えだろう。


「……んな……と……のに」


 ボソッと、何か言っていた気がした。かすかに響く換気扇の音に打ち消されてしまうくらい、小さな声だった。


「なんて? 悪い、聞き取れなかった」


「なんでもありません!」


「うわ、急に大きい声出すなよ」


 そんな大事なこと言ったのか?


「お風呂でも洗ってきたらどうですか?」


「あ、俺いつもシャワーだけで済ますんだけど、夕歌湯舟入る?」


「わ、泊める気満々じゃないですか」


「……うっせ」


「クセになっちゃいました? 私に抱きしめられて寝るの」


 くそ、なんでこんなにドキドキするんだ。相手は推しだ、部下だ。決してそんな関係じゃない。心から応援していたアイドルで、今は大事な部下だ。それ以外の何者でもない。


 それなのに、この上なく、うるさいくらいに心臓が高鳴りやがる。


 ま、これだけ可愛いんだから、そりゃ無理もない。男なら誰だってこうなる。間違いない。


「今日は背中じゃなくて、正面からでもいいですよ?」


「ふ、風呂洗ってくる!」


 限界だった。


 逃げるようにその場を去って、風呂場へと突撃。蛇口を全力で捻り、冷水のシャワーを放出。


 バカみたいに熱くなった体を冷ますために、服を着ていることなんて忘れて、頭から水を被った。


「あああああああだめだだめだだめだだめだだめだもう無理マジで可愛すぎるあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 そんな呪詛にも似た何かを延々と唱えながら、簡易的な滝行。


 日に日に、頭の中を支配されていくのが分かる。アイドルをやっていた時代であれば、それは確かに頭に住まうことがあっても、今ほどじゃなかったはずだ。


 距離が近くなったせいで、どんどん夕歌から目が離せなくなっている。夕歌のことしか考えられなくなっている。


 けれど、それは恋愛感情とか、そういうものではない。きっと。


 あれだけ心を弄ばれていれば、ほかに目もくれないほど推しちまうのは仕方ない話だ。


 あいつ、俺をどうしたいってんだよ……。


 夕歌、ユーカ。山口夕歌、神楽坂ユーカ。頭から消えねぇ。消したくはないけど、ここまで夢中になっている自分が、恥ずかしい。照れくさい。それだけのことだけれど。


「……なにやってるんですか」


 いつまでも戻らない俺の様子を見に来た夕歌が浴びるシャワーよりも冷たい視線を向けてくるまで、俺は頭の中を整理し続けた。

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