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13/22

送りオオカミと押しかけウサギ

「おい、起きろユーカ。駅着いたぞ」


 駅の改札近くまで辿り着いた俺は、背中でいまだぐっすりタイムの夕歌をゆっさゆっさと揺らし、起こそうと試みる。


「つーか終電何時だ? もう十二時前だぞ」


 電車の数もちらほらと減ってきている。無事に帰れるかどうか、ここが分水嶺といったところだ。


 であれば、全力で起こしにかかるのみ。


「おい、起きろ起きろっ」


 ゆっさゆっさ段階のギアを上げる。


 ちなみにもう一段階上げるとスクワットだ。つまり俺の膝が死ぬ。


 というわけで、ここらで起きてもらわなければ困るのだが……。


「うっぷ、きもぢわるい……」


 なんとか俺の必死の運動が功を奏したのか、夕歌は目を覚まし、口元を抑えた。


「起きたか。気持ち悪いのは当然だ。あんな無茶苦茶なペースで飲みやがって」


「だって」


 少々不機嫌そうな声色だった。


 なんか、ちょいちょい俺に対して機嫌悪くなるのはなんでなんだろう。


「だってなんだ」


「だってだって……う、はきそう……」


 おんぶしている都合上、耳元で夕歌の苦しそうな声が響く。


「っておい、頼むから俺に向かって吐くなよ! ていうか今駅だから吐くのは普通にまずい!」


「え、駅……? あれ? 何してるんですか……」


 周りをちらりちらりと見渡した夕歌は、少しずつ現実を認識したらしい。


 そうして、自分の今の状況も。


「ななな、なんでおんぶしてるんですか! おろしてください!」


 そう言いながら、俺の背中から飛び降りた。


「あのなぁ、店で爆睡かましたからこうして駅まで送ってきてやってるんじゃないか。感謝されこそすれ、責められる筋合いはないぞ」


「それは、申し訳ないですけど! あっ……だめ大声出したら出ちゃう」


 勢いよく口を押さえる夕歌。いや、本当に勘弁だからな俺は。


「はいはい落ち着け落ち着け。結構終電ギリギリな路線もある。ユーカは何線だ?」


 終電過ぎた路線もあるけど、大丈夫だろうな?


「えーっと、今、何時ですか?」


 おい夕歌、なんで苦笑いしてんの?


「十一時四十分」


 ふと、夕歌の口角がぴくぴくと震え始めた。


「私、時間によっては乗り換えあるんです。通勤に」


「うん。大変だねぇ」


 道理で初日、朝早かったって言っていたわけだ。うむ、合点がいった。


「乗り換えを加味すると、この駅で乗る電車の間に合う電車、結構早まるんですよ」


「うん。もっと大変だねぇ」


「終電、過ぎてます……」


「そっか……それじゃ、お気をつけて」


 俺は回れ右をして、すたすたと歩き出した。受け止めきれない現実からは爆速で逃避するべし!


「ちょ、そんなぁ!」


 後ろから必死な声が聞こえてくる。が、


「知らん! 人の制止も聞かずにバカスカ飲んだ挙句爆睡かまして終電逃すようなアホンダラは知らん!」


「じゃ、じゃあどうしろって言うんですかぁ」


 結構マジでおどおどしている夕歌。なんとなく優越感があるから突き放してやろう。


「がんばれ! タクシーとかビジネスホテルとかネカフェとか! 幸いいろいろあるぞ! 都会だし!」


「お金ないですぅ~!」


 キョンシーみたいに両手を前に突き出してよろよろと俺に近づいてくる夕歌。軽くホラーである。


 お金がないだぁ? まぁそりゃ、まだ入社したばっかで初任給もまだだもんな。


「たずげでくだざい~!」


 うわ、こいつ泣き出しやがった! 酔っぱらうと泣くタイプかよ! めんどくっせ!


「あぁもう泣くな!」


 つーかなんだそのザマは。いつも俺より上手でおちょくってくる夕歌の見る影もないではないか。


「のじゅぐはいやでず~!」


 ため息をつきながら、ふと周りを見渡すと、わんわんと喚き散らかす夕歌に視線が集まりだしていた。


「みっともないからおとなしくしなさい」


「だってぇ」


「だってじゃありません。誰が悪いんだ」


「ぐんじょ……ごべんなざい。わだしでず」


 鼻水をずるずるとすする。今俺のせいにしようとしたな、こいつ。


「うん。わかっているならよろしい」


「ぐすっ……ありがとうございます……」


 ようやく泣き止んだ夕歌は、顔をごしごしとこすり、真っ赤な顔の表情を、少しばかり真面目に寄せた。全然真面目っぽくないけど。


「仕方ないから、ホテル代は俺が出すよ。まぁその、終電確認してなかった俺も悪いからさ」


「それは申し訳ないです……」


 なんでそこの良識は残ってんだよ。


「じゃ、野宿で」


「ぶぇ……」


「あぁ冗談! 冗談だから泣くな! 終電逃して大号泣してる大人を見るこっちの身にもなれ! あんまり惨めったらしくて悲しくなる!」


 それが推しともなれば殊更だバカ者。出来ればこんな姿は見たくなかった! いや知られざる一面っぽくてちょっと嬉しくはあるけど!


「しっかし、どうしたもんかなぁ……」


「どうしたものですかね……」


 困り顔で、あごに手を当てる夕歌。


「なんでユーカがその感じでリアクション出来るの?」


「茶化さないでください。真剣に考えています」


 理不尽だ……。


「知り合いの家とか、この辺にないの? ほら、アイドル時代の人とか」


「あ~……あるにはあります……けど、それは嫌です」


「この期に及んでわがままな。ていうか、嫌ってことはないだろ」


「嫌なものは嫌です。それなら野宿した方がマシです」


 ……俺の知らない夕歌の過去、何があったんだよ……。


 あんまり顔がマジだから、詮索するのも憚られる。


「最悪笹嶺課長に頼るか……。もしかしたらもう起きてるかもしれないし」


「大丈夫ですか? 顔ひきつってますけど」


「部下を二軒目に連れ出した挙句終電逃させたとか、バチクソに説教されるだろうからな」


 月曜日が憂鬱になるな、こりゃ。


「それではその案はナシです。私のわがままだったんですから」


 ぴしゃりと。


「いや、俺も実際ユーカと二軒目行きたかったからいんだけどさ。それがこんなことになるとは思わなかったけど」


「すみません……面目ない……反省します……」


「いや、案外面白いから気にしなくていいぜ。アクシデントは楽しむもんだ」


「……でも、ちょっと見直しました」


「何をだ?」


「いのいちばんに家に連れて帰ろうとすると思ってました」


「さすがにそれは色々問題がありすぎる。コンプラ的にアウトだ」


 俺の答えに、夕歌は呆れたようにため息をついた。


「コンプラだかてんぷらだか知らないですけど、真面目すぎないですか?」


「んなことない。一般的な社会人像だ」


「いや、そこまで頑なに自宅に呼ぶ提案が出ないのは、女の子的には落ち込むんですよね」


 はぁ? なんで?


「魅力ありませんか?」


「そんなことは……ないけど」


「迷惑ですか?」


「いやいや、全く」


「家行っていいですか?」


「ダメに決まってんだろ」


 バカかこいつ。


「でも、他に良い案あります? 時間潰しにパチンコ誘うくらいにはさぜすと? 能力低いんですよね?」


「サジェストな」


「なんでも良いです。カッコつけて横文字使わないでください」


「改めて指摘されると普通に恥ずかしいからやめて」


 横文字使いまくる奴、かしこぶってるみたいでダサいよな。


「つっても、他に良い案があるわけでも、ないんだよなぁ……」


 え、これ本当に家に推しが泊まりに来てしまうコースなのか?


 いや、嬉しくないわけじゃないが、いかんせん社会人的に問題がありすぎるというかなんというか……。


「大丈夫です。私、口は堅いので」


「何が大丈夫なんだよ」


「何か間違いがあっても、誰にも話しません」


 間違い……って何を想像してんだ俺は! 失せろ煩悩! しっしっ!


「つーか俺をなんだと思ってんだ」


「優しいセンパイだと思ってます。終電もお金もツテもない可哀想な新入社員を家に泊めてくれるような、人情味あふれるお人好しのセンパイです」


 おぉふ、そこまで言われると悪い気しないじゃねーか。


「はぁ……ちらかってるけど?」


 まぁ別に、心の底から断ろうなんて思っちゃいなかったし、最悪の手段として考えてはいた。


 なるべく、実行はしたくなかったけどなぁ……


「片づけます。特技は掃除です」


「それは初耳情報だな。俺の脳内推しデータに書き加えておこう」


「泊めてくれるお礼に、今晩は私を自由にしていいですよ。今夜は寝かせないぜ? ってやつです」


「なんもしねーよ! さっさと寝る!」


 俺だって賢者じゃないんだ。理性に限界はある。だから無闇にそういうことを言うな。


「さ、どうでしょうね」


 小悪魔みたいなにやけ顔を浮かべた夕歌を見事にスルー。俺はタクシー乗り場へと早足で向かった。

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