はじめましてはかつての推し
輝かしい過去なんてのは、存外誰もが持っているものであって、誰しもが、その幻影を思い出しては感傷にふけるものなんだろう。
俺は、そう思っていた。
小難しいことを言ってはみたものの、要は「あの頃は良かったなぁ」なんていうアレだ。
無論、俺にだって追想する過去はある。
今の会社への就職を機に少しずつ離れていった、地下アイドルの現場。
そんな場所に赴いては熱狂していた大学生時代の俺は、それはそれは真っ当に人生のピークってやつだった。
毎日毎日、秋葉原のライブハウスに足しげく通っては、アイドルのパフォーマンスに熱狂する。喉が枯れていない日の方が余程珍しかったなと、今になって思う。
アイドルと付き合いたいーとか、結婚するんで、みたいなやり取りも、当時は盛んだったけれど、今思えば滑稽極まりない話だと思う。
俺にとって、確かに人生のピークではあったが、第三者から、それこそ当のアイドルにどう思われていたかを考えれば、黒歴史もいいところって話だ。
間違いなく、めちゃくちゃ気持ち悪いオタク、みたいに思われていたことだろう。汗臭そうな服、気色悪い動き、意味不明なコール。どれをとってもそうだ。
当然、その理解は当時からあったし、それは今も変わらない。
だからそんな、今となっては恥ずかしいとも思えるような過去を忘れ、平々凡々たる、勤勉なサラリーマンとして生きているのだ。
……まぁ、ハナから選びたかった道かと言えば、そうではない。やりたかったことから逃げた結果として、今のサラリーマンの俺がある。
それでも、俺は分相応な生き方をしているのだから、それでいいじゃないか。
そう生きて、三年が経った。
二十五歳になった俺は、気付けば主任に昇格。本日付けで新人の教育係として任命されるらしい。
スピード出世と言えば聞こえはいいが、ただ人手不足なだけってことは、三年も働いている俺にとって理解は容易い。
始業の時刻となり、俺は新入社員がいるという待合室へと入室する。
ドアを開け、まず目に入ったのは、いかにも就活していましたといった背格好の女の子の後ろ姿だった。
黒のリクルートスーツに、後ろで一本に結いた黒髪。
「や、やぁ」
いやはや、直属の部下というのは接し方が分からない。そもそも、三年とそこらの社員にゼロからの新人教育を命じることが間違いなのではないだろうか。まだ俺自身、一人前じゃあないってのに。
それになんだ、やぁって。ふざけているのか。
……けれど、新入社員という立場の緊張からか、彼女は俺の挨拶の不審さには気が付かなかったらしい。ただ一度、肩をピクリと震わせただけだった。
そうして振り向く新入社員。揺れる後ろ髪。
ふと、目が合う。
刹那、思い返した。
熱狂していた大学生時代の俺。
熱望していたアイドルからのレス。
熱烈に推していた、神楽坂ユーカという名のアイドル。
「今日から新入社員としてお世話になります。山口夕歌です。一日も早く戦力になれるように頑張ります」
その瞬間の衝撃は、アイドルファンとしての熱意を失った俺であっても、あの頃と変わらなかった。
やっべ、クッソ可愛い。
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