表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編版】幼馴染で将来を誓い合った勇者は私を捨てて王女と結婚するようです。それなら私はその王女様の兄の王太子様と結婚したいと思います。

「アレックス様・・・愛しています・・・」



「あぁ、俺も君を愛してる・・・」



そう言いながら隣にいる女性と熱い口づけを交わしているのはこの国の勇者であるアレックスだ。



(・・・・・嘘でしょう?)



私は少しだけ開いた扉の隙間からその光景を見てそう思わざるを得なかった。



―何故ならアレックスは私の婚約者だからだ。






アレックスと私は同じ村に住む幼馴染だった。



私と彼が初めて出会ったのはお互いに六歳だった頃だ。



私はお使いから帰る途中の森の中で道に迷い、途方に暮れていた。歩いても歩いても村へは帰れない。誰も助けに来てくれない。まだ幼かった私はどうすることも出来ず、その場で泣き喚いた。そんな私の目の前に現れたのがアレックスだった。

彼はまるで童話に出てくる王子様のように私の前に現れると、私の手を引いて村まで連れて行ってくれたのだ。そのときのことは今でも忘れられない。



それから私とアレックスは親しい付き合いをするようになった。お互いの家を行き来し、外で一緒に遊んだりもした。元々同じ村に住んでいたこともあり、家はそう遠くはなかった。そうしているうちに、いつの間にかほとんどの時間を二人で過ごすようになっていた。



そして、私は次第に彼に惹かれていくようになった。



アレックスと一緒にいる時間は私にとって何よりも幸せなものだった。彼が私のことを想っていてくれなくてもいい。これから先もずっと彼と一緒にいられることだけをただただ願っていた。





それから九年の月日が経った。

私が十五歳になったとき、突然アレックスから話があると言われて呼び出された。



『ソフィア、俺と結婚を前提に付き合ってくれないか』



アレックスは私の前に跪いてそんなことを言った。そのときの彼の顔は真剣そのもので、本気であるということがよく伝わってきた。驚くことに、彼は初めて出会った頃からずっと私のことが好きだったのだという。

私はもちろん彼のプロポーズを了承した。そこで私たちは初めての口づけを交わしたのだ。紛れもない私のファーストキスだった。



私がアレックスのことが好きだというのを知っていたこともあって、両親は私たちの交際をとても喜んでくれた。私も彼と共に幸せな未来を歩んで行けると信じて疑わなかった。



しかし、そんな私たちに変化が訪れた。



ある日、王家からの使者がやってきて私とアレックスを王宮へと連れて行ったのだ。そこで国王陛下から告げられたのは衝撃的なことだった。

何とアレックスと私が国を救う勇者と聖女であるのだという。私はもちろん、アレックスもそれにはかなり驚いた顔をしていた。



国王陛下の話によると、どうやら私は光属性の魔法が使えるようだ。光属性の魔法が使える人間は非常に稀で、少なくともこの国には一人もいないらしい。

そしてアレックスは勇者としての資質があるのだという。たしかにアレックスは剣術が得意だ。村では”天才”とまで言われるほどに。



それから私とアレックスは国王陛下から正式に聖女と勇者と認められ、王宮で暮らすことを命じられた。



王宮では私は光属性魔法の特訓を、アレックスは剣術の稽古をひたすらさせられた。これも勇者と聖女として、魔物たちから国を守るためだという。王宮にいる間、私とアレックスはほとんど会うことが出来なかった。実際私にそんな時間はなく、彼も忙しそうだったからだ。それでも立派な聖女になればいつか会えるのだと信じて魔法の練習を頑張った。



そして、遂にその日がやって来た。



私とアレックスは勇者と聖女として騎士団の魔物の討伐について行くことになり、そのとき久しぶりに彼と再会した。数年ぶりに会う彼は見違えるほど逞しくなっていてまさに勇者の名に相応しい男となっていた。久しぶりに彼に会えたことで私の胸は高鳴っていた。元気だったかとか、王宮での暮らしはどうだったかとか聞きたいことは山ほどあったが必死で我慢した。今は魔物の討伐に集中しなければいけなかったからだ。



そして私たちは魔物の討伐へと向かった。アレックスは驚くほど強くなっていた。大きな剣を振るって魔物を倒すその姿は物凄く格好良かったし、そんな人が私の恋人だということが本当に嬉しかった。その日の討伐は私たちの功績で被害を最小限に抑えることが出来たのだった。この日から私とアレックスは国民たちにも勇者と聖女として認められるようになった。



そして私とアレックスは国中から祝福される形で婚約した。元々恋人同士だったのだからそうなるのは当然だ。しかしそれからというもの、彼は私にどこかよそよそしい態度で接するようになった。



「ねぇ、アレックス。私たちの結婚のことなんだけど・・・」



「ん・・・?あぁ、まだ早いんじゃないか?」



結婚のことを話そうとしても結局は何かと理由を付けて話を逸らされてしまう。国民たちに勇者として認められ、十分時間が出来たにもかかわらず私は以前と同じように彼とほとんど会うことが出来なかった。そんな彼に戸惑いながらも私は王宮で過ごしていた。きっとよくあるマリッジブルーになっているだけだとそう信じていた。



それなのに―






私は目の前の光景を見て愕然としていた。



しばらくその場から動くことが出来なかった。部屋の中で女性と熱い口づけを交わしているのは間違いなく私の婚約者であるアレックスだったから。私が彼を見間違えるはずがない。



そして、相手の女性は―



(アンジェリカ・・・王女殿下・・・)



この国の第一王女であるアンジェリカ殿下だった。



アンジェリカ殿下はゆるくウェーブのかかった金髪に宝石のような赤い瞳をしている美しい方だった。まるで人形のように整った顔立ちをしていて、人々は皆彼女を絶世の美女だと言った。



美しい容姿に加え、彼女は父である国王陛下から溺愛されている。理由はアンジェリカ殿下の母君である側妃様が国王陛下の愛した唯一の女性だからである。国王陛下とアンジェリカ殿下の母君は貴族たちが通う学園で出会ったそうだ。国王陛下は美しく愛想の良い側妃様に惹かれていった。当時陛下には婚約者である公爵令嬢がいたがそんなこと気にもせず側妃様との逢瀬を楽しんだという。



それから次第に国王陛下は公爵令嬢との婚約を破棄して側妃様と結婚したいと思うようになった。しかし、それには大きな問題があった。それは側妃様の身分である。彼女は男爵令嬢だったのだ。男爵令嬢では王妃になることは出来ない。国王陛下は仕方なく婚約者と結婚し、その後に彼女を側妃に迎えた。そんな側妃様はアンジェリカ殿下を産んだ際に亡くなっている。だから国王陛下は側妃様が残していった彼女に瓜二つなアンジェリカ殿下を溺愛しているというわけだ。



「・・・」



私が見ていることにも気付かずに二人は部屋の中で抱き合っていた。アンジェリカ殿下はアレックスのことをうっとりとした目で見つめていて彼はそんな彼女の頭を優しく撫でている。誰から見ても相思相愛だ。



「アレックス様・・・私、アレックス様のお嫁さんになりたいです・・・」



「あぁ、俺も君を妻にしたい」



アレックスは優しい目でアンジェリカ殿下を見てそう言った。



それは間違いなく最愛の女に向けるものだった。先ほどから私の胸はズキズキと痛むばかりだ。



「聖女様との婚約を破棄なさらないんですか?」



「・・・本当は今すぐにでも破棄したいが、あいつは俺にゾッコンだからな。そう簡単には応じないと思う」



「まぁ・・・それは大変ですわね・・・」



「本当に面倒な女だよ。いつもいつも俺の後をついてきて鬱陶しいったらありゃしない。昔はそれを可愛いと思っていたが、ハッキリ言って今は邪魔なだけだ」



アレックスは不機嫌そうな顔で冷たく吐き捨てた。



「・・・!」



私はそれ以上二人の会話を聞きたくなくて背を向けて走り出した。二人だけの世界に入り込んでいるあの二人はそれに気付きもしなかった。








それから私は王宮の廊下を走り続けた。行く当てなどない。ただ二人が逢瀬をしていたあの部屋から出来るだけ離れたかった。見たくない、聞きたくない、とにかくあの場所から離れたい。



そう思いながら私は走り続けた。



「あ・・・」



気付けば目から涙が溢れていた。泣くのはいつぶりだろうか。王宮で貴族たちに卑しい身分だと陰口を叩かれたときですら泣かなかったというのに。

私は本当にアレックスのことが好きだったらしい。アンジェリカ殿下とキスをしているあの瞬間を見るまで彼を心から愛していたし、信じていた。



だけど、彼はそうではなかった。私を邪魔だと思っていたのだ。



そう思うと次々と涙が溢れてくる。私はこれ以上動くことが出来なくなり、その場に座り込んでしまった。



「うっ・・・うぅっ・・・ふぁっ・・・」



私はその場で一人泣き続けた。







どれだけの時間が経ったのだろうか。



(ここはどこだろう・・・?)



気付けば知らない場所にいた。私はここに来たことはない。どうやら走っているうちに随分遠くへ来てしまったようだ。



(そろそろ戻らないと・・・)



侍女たちが突然いなくなった私を心配している頃だろう。私はそう思い、立ち上がって辺りを見渡してみるもどっちへ行っていいのか全く分からなかった。どうやら私は迷ってしまったらしい。



(迷ったの・・・?あのときと同じ・・・)



そのときの私の脳裏に浮かんだのは初めてアレックスと出会ったときのことだった。



あの頃は彼が迎えに来てくれた。しかし、今回ばかりはそうもいかないだろう。今頃アレックスはアンジェリカ殿下と逢瀬をしているだろうから彼が迎えに来てくれることは絶対にない。



(はぁ・・・どうしようかな・・・)



私が途方に暮れていたそのときだった―



―ガサガサッ



「!?」



突然足音がしたのだ。



驚いて音のした方を見てみると―



「え・・・」



予期せぬ人物がそこにいた。



「王太子・・・殿下・・・?」



私の視線の先にいたのは、アンジェリカ殿下の兄であり王太子でもあるフィリクス殿下だった。彼は目を丸くしてこちらを見ている。驚いたのは私だけではなかったようだ。



「聖女殿・・・か・・・?」



私を見てしばらく黙り込んでいた王太子殿下が口を開いた。



私はハッとなってそれに答えた。



「あっ、す、すみません。道に迷ってしまって・・・」



王族しか入ってはいけない場所だっただろうかと不安になった。



私は王太子殿下と話したことはほとんどない。ただ王家主催の舞踏会で遠くから見たことがある程度だ。王太子殿下は妹君と同じ輝くような金髪に紫色の瞳をしている美丈夫である。歳は私より二つ上で非常に優秀な方だと聞いている。



そんな彼は私の言葉を聞いてとんでもないことを言い出した。



「そうか、なら私が君の部屋まで案内しよう」



「・・・え」



(今・・・案内するって言ったの・・・?)



私は王太子殿下の言葉に驚きを隠せなかった。私は聖女とはいえ、元の身分は平民である。それに比べて彼はれっきとした王族だ。



そう思った私はすぐに断ろうとした。



「い、いえ、そこまでしてもらうわけには・・・」



しかし彼もまたそう簡単には引かなかった。



「遠慮はいらない。道に迷って困っていたのだろう?」



「・・・」



そう言われると何も言い返せなくなり、結局王太子殿下に部屋まで送ってもらうことになった。







「・・・」



「・・・」



私は王太子殿下の後ろについて王宮の中を歩いた。お互いに一言も発さない。二人の間を沈黙が流れた。



(何だか気まずいな・・・)



そう思ったそのとき、殿下が突然私の方を振り返った。



「・・・答えたくないなら別にいいが、君は何故泣いていた?」



「・・・!」



まさかそれを聞かれるとは思わなかった。どう答えればいいのか分からなかった私は言葉に詰まってしまった。



「え、えっと・・・」



そんな私を見た殿下が何かに気付いたかのように低い声で尋ねた。



「もしかして・・・君の婚約者と私の妹が原因か?」



「・・・ど、どうしてそれを」



私が思わずそう口にすると彼はハァとため息をついた。



「やはりか・・・聖女殿―いやソフィア嬢、愚妹が本当に申し訳ないことをした。謝らせてほしい」



王太子殿下はそう言うと私に対して深々と頭を下げた。



「えっ!で、殿下!顔を上げてください!」



王族が平民にこんなことをしてはいけない。誰かに見られたら大変だ。



その声で顔を上げた殿下に私はハッキリと告げた。



「殿下が謝る必要はありません。王女殿下は素敵な方ですもの。アレックスが好きになるのも分かりますわ。それに、もう吹っ切れましたから」



私は不安げに私を見つめている彼を安心させるようにニッコリと笑った。



「そうか・・・」



私のその言葉に殿下は考え込む素振りをした。どこか納得がいかないといったような様子だ。



そしてしばらくして彼は再び口を開いた。



「お詫びと言っては何だが、何か困ったことがあれば何でも私に話してくれ。出来る限りのことはしよう」



「ふふふ、そのお気持ちだけで十分です。ありがとうございます、殿下」



その後、私は殿下に送ってもらい無事に部屋へと戻ることが出来た。



私はそのまま部屋にあったベッドに突っ伏した。



「・・・」



アレックスと王女殿下のことを思い出すたびにまた涙が出てきそうになる。王太子殿下にはもう吹っ切れたと言ったがそれは嘘だ。本当はまだアレックスの裏切りに傷ついている自分がいる。



信頼していたからこそ、裏切られたときの絶望感が大きかった。



(・・・だけど、このままじゃいけない)



私はアレックスの裏切りに心がズタズタになりながらも、あることを決意した。







◇◆◇◆◇◆








「アレックス、話があるの」



私は次の日、廊下を歩いていたアレックスに話しかけた。



「ソフィア・・・今は忙しいんだ。後にしてくれないか」



彼は気まずそうな顔でそう言った。いつもの私なら彼に嫌われたくなくてここで引いていただろう。しかし今日の私は違う。



「大事な話なの」



私がアレックスと目を合わせてそう言うと、彼は面倒くさそうにしながらも頷いてくれた。それから私たちは個室へと移動し、二人で向き合うようにして座った。



アレックスとこんな風に話すのは久しぶりだ。これが最後なのだと思うと少し寂しくなる。



「・・・」



目の前に座っているアレックスは私を見もしない。ずっと気まずそうに視線を逸らしたままだ。彼が私にそんな態度を取る理由を知っている私は少しだけ複雑な気持ちになった。



しかしいつまでもこのままというわけにもいかないと思った私はそんな彼に対してハッキリと言った。



「アレックス、私たちの婚約を無かったことにしましょう」



「・・・!」



その言葉にアレックスは驚いた顔をして私を見た。



(ふふふ・・・ようやく私を真っ直ぐに見てくれるのね・・・)



彼のその顔を見て少しだけ胸がすいた。驚いても声も出せない様子のアレックスに私は鋭い声で尋ねた。



「・・・アレックス、あなた王女殿下と恋仲なのでしょう?」



「な、何故それを・・・」



私の言葉にアレックスは慌てたような顔をした。浮気がバレたときの人間の顔だ。まさか私が気付いていないと思っていたとは、呆れたものだ。



「だから私との婚約は無かったことにしましょう。その方がお互いのためになるわ」



「・・・いいのか?」



「ええ、こればっかりは仕方がないことだもの」



私はそこまで言うとソファから立ち上がり、アレックスを見下ろした。



「アレックス、あなたは紛れもなく私の初恋だった。あなたと過ごした時間は私にとってかけがえのない宝物だったわ。それだけは本当よ。たとえ別々の道を歩むことになっても、私はあなたの幸せを願っているわ」



「ソフィア・・・!」



私はそれだけ言って部屋を出て行く。



後ろは振り返らない。私はこの恋に終わりを告げるために彼をここへ連れて来たのだ。



私がアレックスと王女殿下の逢瀬を目撃したあの時点で私の恋は既に終わっていたも同然だ。私はただ自分の気持ちにけじめをつけただけ。もう苦しい思いはしたくなかったから。これからは私を聖女として慕ってくれる国民のために生きていく。



私はそう心に決めて部屋を出た。








部屋を出た後、私は自室に戻るために王宮の廊下を歩いていた。そこで意外な人物と出くわした。



「あ・・・王太子殿下・・・」



「ソフィア嬢・・・」



廊下の向こうから歩いてきたのは王太子殿下だった。彼は私の傍まで来ると立ち止まって私に声をかけた。



「ソフィア嬢、大丈夫か?」



「・・・」



私を気遣うその声はひどく優しかった。何だか久しぶりに誰かに優しくされたような気がして、心が穏やかになった。



「―ました」



「え?」



「勇者との婚約を解消してきました!」



「・・・・・・・・ええっ!?」



私の言葉に王太子殿下は声を上げて驚いた。



「でも全然大丈夫です!元々私がアレックスに片思いしてただけだし!やっぱりアレックスには王女殿下みたいな方がお似合いだったんですよ!私もずっと前からそう思ってたんですよね!だから全然悲しくなんて、な・・・」



「ソ、ソフィア嬢・・・」



場を明るくしようとして言ったことなのに目の前にいる王太子殿下は何故かあたふたしていた。



そこで私はようやく自分が泣いていることに気が付いた。



「あ・・・も、申し訳ありません・・・殿下・・・」



(私ったら王太子殿下の前で何を・・・!)



私は必死で涙を我慢しようとしたが、次から次へと溢れて止まらなかった。



「ソフィア嬢・・・」



目の前で突然泣き出したというのに、王太子殿下は嫌な顔一つしなかった。私はそんな彼の優しさに余計涙が止まらなくなってしまった。まるで子供のようにわんわんと泣き続けた。



しかしそれでも彼は私をただじっと見つめているだけだった。突然泣き出した私を責めることもせず、それどころか私が泣き止むまで傍にいてくれたのだ。



「―ソフィア嬢、落ち着いたか?」



しばらくして彼が私に声をかけた。



「はい・・・申し訳ありませんでした・・・」



「気にするな、元はといえば私の妹のせいだからな」



王太子殿下は妹君がやったことを気にしているようだ。だから私にこれほど優しくしてくれるのだろう。



「殿下は・・・本当に優しいのですね・・・」



私のその言葉に殿下は一瞬だけ目を丸くしたあとにハッと笑った。



「そうか?貴族たちは皆私を母に似て冷たい人間だと言うが」



殿下は自虐的な笑みを浮かべてそう言った。殿下が優しいことをよく知っている私はそれを怖いとは思わなかった。



「王太子殿下のお母様・・・きっととっても素敵な方だったのでしょうね・・・」



私がそう言うと王太子殿下は驚いたような顔をした。しかしすぐにいつもの顔に戻ると静かな声で私に問いかけた。



「・・・何故そう思うんだ?」



「だって、王太子殿下はこんなにも優しくて素敵な方ですもの。それならきっと母君である王妃陛下も素敵な方だったんだろうなって」



「・・・」



私の言葉に王太子殿下は黙り込んだ。



(あ、まずい・・・)



どうやら気を悪くしてしまったようだ。王妃陛下の話をするのは流石にまずかったと後悔した。



王太子殿下の母君である王妃陛下は側妃様と同じく既に亡くなっている。私は王妃陛下についてはあまりよく知らない。王の寵愛を一身に受ける側妃に嫉妬していた醜い女だと言う人間もいたが私はそうは思わない。だって私は王妃陛下にも側妃様にも会ったことがないのだから判断のしようがない。それでも、さっき王太子殿下に言った言葉は紛れもない私の本心だった。ただの憶測ではあるが。



王太子殿下は私のその言葉を聞いてからずっと黙り込んでいた。何かを考えているようだ。



(何を考えているのかな?もしかして、怒らせてしまったのかな?・・・・・・・・あっ!もうすぐ授業が始まる時間だ!)



王太子殿下の気分を害してしまったのかと不安になったが、もうそろそろマナーの授業が始まる時間であることに気が付いた私は目の前で固まっている彼にこの場を去ることを伝えた。



「王太子殿下、私みたいなのを気にかけてくださってありがとうございます。そろそろ授業が始まるのでもう行きますね!」



私はそれだけ言うと足早に王太子殿下の前から立ち去った。後ろを振り返ると彼は未だに何かをじっと考え込んでいた。



(何だろ・・・?今日の殿下は何か変だったな・・・。それよりも急がないと!もうすぐ舞踏会があるからマナーをしっかりと身に付けておかないとね!)



いつもと違う王太子殿下の様子を不思議に思いながらも私は急いで講習が行われる部屋へと向かった。





◇◆◇◆◇◆





「・・・」



周りにいる貴族たちが私を見てヒソヒソと話している。それが私を褒めているわけではないのだということだけはよく伝わってくる。



(はぁ~~~~~~~~)



私は心の中で大きなため息をついた。



今日、私は王家主催の舞踏会に参加していた。舞踏会に参加するのはこれが初めてではない。ただ、一人で参加するのは初めてだ。私はいつもアレックスのエスコートで会場へ入っていたから。しかしアレックスはもう王女殿下の婚約者なので私をエスコートするわけにはいかない。他に親しい男性などいない私は一人で会場へ入るほかなかったのだ。



(早く帰りたい・・・)



それからしばらくしてアレックスと王女殿下が会場へと入ってきた。



今日の主役はこの二人だ。何故ならこの舞踏会はアレックスと王女殿下の婚約を貴族たちに知らせるためのものだからだ。もちろんそんなことを知らない貴族たちは二人と私を交互に見てザワザワしている。



そして、玉座に座る国王陛下が仲睦まじい様子で入場してきた二人を手招きして呼び寄せた。



「今日は皆に伝えたいことがある!我が娘アンジェリカと勇者アレックスがこの度婚約することになった!」



陛下のその言葉に貴族たちの間でどよめきが広がった。



(周りの視線が痛い・・・)



それから二人は会場の中央へ移動して踊り始める。アレックスは元々整った顔立ちをしている。絶世の美女と呼ばれる王女殿下と並んだら本当に絵になるなと思う。周りの貴族たちも突然の発表に最初は動揺しているようだったがダンスをする二人を見て口々にお似合いだと言い始めた。

私から見ても本当にお似合いな二人だと思う。やはり私はアレックスとは釣り合わなかったのだ。私は特別頭が良いわけでも、王女殿下ほどの美しさを持ち合わせているわけでもないのだから。



しばらくして二人のダンスが終了した。会場にいた貴族たちから盛大な拍手が起こる。ダンスを終えた二人の周りには一瞬にして人だかりが出来た。彼らはただただ二人を褒め称える言葉を口にしている。どうやら私の味方は誰もいないらしい。



(・・・分かってはいたけれど、何だか悲しくなるわね)



私は会場の隅に一人ポツンと取り残された。まるで美しい花の傍に目立たずひっそりと生えている雑草のようだ。誰一人としてその存在に気付かない。



そんなことを考えていたそのとき、突然すぐ傍から声がした。



「―ソフィア嬢」



(この声は・・・もしかして・・・!)



「殿下・・・!」



私に声をかけたのは、王太子殿下だった。どうやら彼もこの舞踏会に参加していたようだ。普段と違って髪の毛をしっかりとセットしているからかどこか雰囲気が違って見えた。しかしその美しさは相変わらず健在である。



私は王太子殿下に会ってすぐにこの間の非礼を謝罪した。



「殿下、この間は色々と申し訳ありませんでした」



「いいや、別に気にしていない」



「あ、ありがとうございます・・・?」



この間の私の発言に気を悪くしたかと思ったがそうではなかったようで安心した。

すると王太子殿下は突然私の手を取って言った。



「ところでソフィア嬢。よければ、私と一曲踊ってはくれないだろうか」



「・・・・・・え」



一瞬何かの聞き間違いかと思った。私が舞踏会で見た王太子殿下はいつもたくさんの令嬢に囲まれていたがその中の誰とも踊ることはなかった。



「わ、私とですか・・・?」



「君以外に誰がいるんだ」



王太子殿下はそんな私の反応にクスリと笑いながらそう言った。



(ほ、本当に私と踊るつもりなの!?)



私はそのことに驚いたが、王太子殿下の誘いを断るわけにはいかない。



「・・・はい、喜んで」



私はそう言って王太子殿下の手をギュッと握り返した。



殿下はそんな私にフッと笑みを浮かべるとそのまま会場の中央へとエスコートする。アレックスと王女殿下に注がれていた視線が一気にこちらへと集まった。



(な、何か恥ずかしい・・・!)



注目されるのは初めてではないのに、何故だか今は少しだけ恥ずかしいと感じている自分がいた。



そして楽団が演奏を始める。私と王太子殿下はそれに合わせてステップを踏んだ。王太子殿下は物凄くリードが上手でとても踊りやすかった。流石は王子といったところだろうか。私はあまりダンスが得意ではないが彼のおかげで難無く踊ることが出来た。

ダンスの最中、私と目が合った王太子殿下は私にこれ以上ないくらい優しい笑みを向けた。アレックス以外の男性と関わってこなかった私は不覚にも少しだけドキッとした。



そうしてダンスが終了した。アレックスと王女殿下が踊っていたときと同じように盛大な拍手が起こった。その拍手はおそらく私ではなく王太子殿下に向けてのものなのだろうが。



「ソフィア嬢、少し外へ行こうか」



「あ、はい・・・」



王太子殿下は私の手を握ったまま会場の外へと歩き出した。その途中でアレックスとバチリと目が合った。彼は複雑そうな顔でこちらを見ていて、隣にいた王女殿下に関しては物凄く不機嫌そうだった。せっかくの美しい顔が台無しだ。



私はそんな二人の視線を無視し、王太子殿下に連れられるがまま外へ行った。






会場の外へと出た王太子殿下はしばらく歩くと私の手をパッと離して私に向き直った。



「殿下・・・?」



振り返った殿下の紫色の瞳と目が合う。吸い込まれそうなほどに美しいその瞳はどこか切なさを帯びていた。



「ソフィア嬢」



「はい・・・」



殿下に名前を呼ばれて返事をする。その次に彼の口から出たのは意外な言葉だった。



「―君に、礼を言いたいんだ」



「・・・・・はい?」



私は殿下の言っていることの意味が分からなかった。私はお礼を言われるようなことなどしていない。むしろ感謝しているのは私の方だ。困惑する私をよそに、殿下は言葉を続けた。



「あんなことを言ってくれたのは、君が初めてだった」



「・・・?」



突然何を言い出すのだろうか。私は殿下の言葉の意味が分からなくて首をかしげた。



「私の母は、君が前言った通りとても優しい人だったんだ」



「あ・・・」



それを聞いて私はようやく理解した。前に殿下と会ったとき、彼の母君である王妃陛下の話をしたのだ。私は殿下がそのことで気を悪くしたと思っていたが、逆だったようだ。



「側妃に嫉妬しているだとか冷たい女だとかそんなものはただの噂でしかない。それなのに貴族たちは皆それを信じた。母のことをよく知りもしないのに醜い女だと言った」



「殿下・・・」



そう言った殿下は悔しそうな顔をしていた。当然だろう。自分の親を悪く言われるのは誰だって嫌なものだ。



「―だけど、君だけは違った。これまで私の母のことを悪く言わなかったのは君だけだ。ありがとう、ソフィア嬢」



殿下は穏やかな笑みを浮かべてそう言った。その頬は僅かに赤く染まっている。私の発言がよほど嬉しかったのだろうか。何だか可愛い人だ。



私はそんな彼の様子に軽く笑いながら言った。



「いえ、ただ思ったことを口にしただけですよ」



「・・・・・!そうか・・・」



私の言葉を聞いた殿下はどこか嬉しそうだった。母君のことが本当に大好きだったのだろう。



私たちはそのまま会場に戻ることなくしばらくの間二人でいた。






◇◆◇◆◇◆




王太子殿下と踊ったあの舞踏会から数日後のことだ。私は王宮の庭で気分転換をしていた。あの日から周囲の私を見る目が明らかに変わったような気がする。まさか私が王太子殿下の心を射止めたとでも思っているのだろうか。だけどそのおかげで私とアレックスのことを噂する人がいなくなったのは好都合だ。



(私は聖女として国のために生きるわ)



嬉しいことに国民たちはこんな私を聖女様と呼んで慕ってくれている。それなら私はその人たちのために生きればいい。アレックスのことはもう忘れよう。

そんなことを考えていたそのときだった―



「ソフィア!」



「・・・!?」



突然背後から声がして振り返るとそこにはアレックスがいた。



「アレックス・・・?」



何故彼がここにいるのだろうか。王女殿下と婚約した後だというのに私に会いに来るとは一体どういうことなのか。アレックスはハァハァと息を切らしながら私にゆっくりと近づいてきた。



「ソフィア・・・お前・・・王太子殿下とどういう関係なんだ・・・?」



「え・・・?」



予想外のことを聞かれたので少し驚いた。私が王太子殿下とどのような関係であってもそれはもうアレックスには関係のないことだ。



「何故ここで王太子殿下が出てくるの?」



「お前、舞踏会で殿下と踊ってただろう!」



「それが何よ」



私はアレックスに冷たく接した。親しくしているところを誰かに見られて変に誤解されたら困るからだ。王女殿下はかなり嫉妬深い人だと聞く。



しかしアレックスは私の冷たい態度にさらに気分を悪くしたようで声を荒げた。



「俺の婚約者だった頃から関係があったのか!?」



「あなたじゃないんだからそんなことあるわけないでしょう。私が誰と踊ろうとアレックスには関係ないじゃない」



私のその言葉にアレックスは顔を真っ赤にした。



「何だと!お前・・・」



「―私はもう、あなたとは他人なのよ!」



「・・・!」



私がハッキリとそう言うとアレックスはショックを受けたような顔をした。



(何であなたがそんな顔をするのよ・・・)



私はそう思いながらも彼に背を向けて足早にこの場を去った。





◇◆◇◆◇◆




それからというもの、アレックスは私に王女殿下との逢瀬を頻繁に見せつけてくるようになった。わざわざ私から見えるところで王女殿下と手を繋いだり抱き合ったりしてくるのだ。今さらそんなものを見せつけられても何とも思わないし、何がしたいのか全く分からない。



「・・・」



そして今も、私の目の前で王女殿下の頬に手を添えている。少し距離はあるが、私からハッキリと見える位置だ。



(・・・もっと隠れてやりなさいよね)



私はそんな二人を冷たい目で見ていた。貴族たちも最初の頃は皆あの二人のことをお似合いだと褒め称えたが、王宮の中で堂々とそんなことをするアレックスと王女殿下に周囲の目は次第に冷たくなっていった。あの二人はそれに気付いていないようで、今日も人の目があるところで平然とイチャイチャしている。毎日のようにそれを見させられている私の身にもなってほしいものだ。



「―ソフィア嬢」



そんな私に話しかけてきたのは王太子殿下だった。いつからここにいたのだろうか、全く気が付かなかった。



「殿下・・・」



「こんなところで何をしているんだ?向こうに何か―」



王太子殿下は私の視線の先を目で追うと、見事に固まった。



「・・・・・・私たちは一体何を見せられているんだ」



「ぷっ・・・ふふふ・・・」



そんなことを言う王太子殿下についつい笑ってしまった。



「ソフィア嬢、あれは無視すればいい。高貴な君が目に入れていいものではない」



「ふふふ・・・殿下って意外と面白いんですね」



「・・・そんなことは初めて言われた」



殿下は私の言葉に少し照れたように私から視線を逸らした。



あの日から王太子殿下とは王宮ですれ違うたびに会話をするようになった。王太子殿下と関わってみて分かったことがある。それは、彼が意外と面白い人間だということだ。優しい人かと思ったら、突然辛辣なことを言うものだからそのギャップについ笑ってしまう。



私はそのまましばらく王太子殿下と話をしていた。最近は彼と過ごす時間がかなり増えたような気がする。



ふと後ろを見るとアレックスが不機嫌そうな顔で私たちを見ていた。隣にいた王女殿下も頬を膨らませてこちらを見つめている。大好きな兄を取られたとでも思っているのだろうか。そんなつもりは一切無いのでその顔をするのはやめてほしいものだ。せっかく楽しく話をしていたのに台無しだ。



すると、私が気を落としたことに気付いた王太子殿下がそっと耳打ちした。



「ソフィア嬢、場所を変えようか」



「え、あ、はい!そうですね」



どうやら私を気遣ってくれたようだ。殿下は本当に優しい人だなと思う。



いつの間にか、王太子殿下と過ごす時間は私にとって掛け替えのないものになっていた。





◇◆◇◆◇◆




それからも私は王太子殿下と親交を深めていった。アレックスや王女殿下は相変わらずだが、王太子殿下と共にいる時間だけは本当に楽しいものだった。いつしか彼が私の心の支えとなっていた。



「ソフィア嬢の両親はどんな人だったんだ?」



「とっても優しい人ですよ。本当に仲が良くて、周囲から見ればまさに理想の夫婦という感じでした」



「そうか」



王太子殿下はいつも優しい顔で私の話を聞いてくれる。王族で雲の上の存在だというのに全くそれを感じさせない。私は彼になら何でも話せるようなそんな気がした。



「実は私、父と母のような関係に憧れていたんですよね。アレックスとあんな関係になれたらいいなと思ってて」



まぁそれももう叶うことはないけれどと私は笑いながら付け加えた。自虐にももう慣れた。王太子殿下と一緒にいるときに暗い話はしたくなかったから。



「・・・」



王太子殿下はそんな私の話をじっと聞いていた。何かを考えこんでいるようだ。



それから彼はしばらくして口を開いた。



「―なら、私と一からその関係を築き上げてみないか?」



「・・・・・・・・え?」



私はその言葉に驚いて王太子殿下の方を見たが、彼の顔は真剣そのものだった。



(それは一体・・・どういう・・・)



困惑する私をよそに彼は私を真っ直ぐに見つめて話し始めた。



「ソフィア嬢、私には長年婚約者がいない。それは君も知っているね?」



「あ・・・はい」



王太子殿下は王太子という地位にいるにもかかわらず婚約者がいない。彼は眉目秀麗で性格も良く、貴族令嬢からの人気は絶大だ。私はそんな彼に何故婚約者がいないのだろうとずっと不思議に思っていた。



「今までに何度か婚約者候補の令嬢たちと会ったことはあるんだが、皆くだらない噂を信じ私の母を悪く言う者ばかりだった。私はそんなヤツらとは死んでも結婚したくなかった。だから本当はこのままずっと独身でいようと思っていた。だが―」



王太子殿下はそこまで言うと両手で私の手を包み込んだ。殿下の手の温もりが伝わってくる。



「―あの日、君だけは噂に惑わされず母を悪く言わなかった。そして、共に過ごしているうちに気付けば君に惹かれていた」



「殿下・・・」



まさか殿下が私にそんな気持ちを抱いていたとは驚きだ。私の胸は先ほどからずっと高鳴っている。彼に聞こえてしまうのではないかと不安になるほどに。



「―ソフィア嬢、どうか私の婚約者になってはくれないだろうか」



「・・・!」



殿下の熱のこもった紫色の瞳が私だけを映している。きっと彼は本気だ。彼の真剣な眼差しについ頷いてしまいそうになる。しかし、私は―



「私は平民です・・・王太子殿下に釣り合うような人間ではありません・・・」



そう、私は聖女とはいえ平民だ。貴族たちは私のような卑しい女を王妃にするなど死んでも認めないだろう。



「そんなのは関係ない。君がどれだけ国に貢献してきたかは貴族たちも皆知っていることだ。何より私が、君を望んでいる」



「殿下・・・」



殿下の優しい言葉に胸が温かくなる。



正直、もう諦めていた。アレックスに失恋したあの日から私は聖女として国のために生きることを決意し、自分の幸せは捨てた。それでいいと思っていた。もう二度と辛い思いはしたくなかったから、そうした方が自分のためになると本気で思っていた。だけど、今は―



(王太子殿下の手を取りたいと思っている自分がいる・・・)



思えば私は彼にどれだけ救われてきたのだろう。道に迷い途方に暮れていたときも、舞踏会で一人ぼっちになっていたときも、アレックスに裏切られて落ち込んでいたときも。いつも助けてくれたのは、励ましてくれたのは彼だった。王太子殿下となら私がかつて憧れを抱いた理想の夫婦にもなれるかもしれない。



「殿下・・・よろしくお願いします・・・」



「・・・!」



了承の返事をした瞬間、私はすぐに王太子殿下に抱きしめられた。



「で、殿下!?」



「ソフィア嬢・・・いや、ソフィア。ありがとう、私は君を絶対に幸せにしてみせる」



殿下は私を抱きしめてそう言った。顔は見えなかったが、視界の端に映った彼の耳は真っ赤になっていた。








◇◆◇◆◇◆







王太子殿下にプロポーズをされてから数日後のことだった。王宮を衝撃的なニュースが駆け巡った。



「え・・・王太子殿下が・・・王太子から外された・・・?」



何と王太子殿下が王太子の地位から降ろされたというのだ。突然の出来事に私は驚きを隠せなかったが、真相を確かめるためすぐに彼に会いに行った。



「殿下!」



私は殿下の部屋まで押しかけた。本当なら無礼極まりない行為だが、どうしても彼の口から真実を聞きたかった。何より彼がそのことで落ち込んでいたりでもしたら放っておくわけにはいかない。私がアレックスに失恋して落ち込んでいたとき、彼が助けてくれたように今度は私が彼を助けてあげたい。そう思ったからだ。



「ソフィア・・・」



部屋の中にいた殿下は突然押しかけてきた私を見て驚いていた。だけど私の非常識な行動に怒ることはしなかった。



「王太子から外されたって聞いて・・・」



「・・・やはり君の耳にも入っていたか」



「・・・殿下、何があったのですか?」



私が尋ねると、殿下は少しだけ悲しそうな顔をして言った。



「・・・父上に君と婚約することを報告しにいったんだ。そしたら、王太子の地位から降ろすと言われて・・・」



「・・・!」



どうやら殿下が王太子を外されたのは私のせいだったようだ。私はすぐに彼に謝罪した。



「殿下、申し訳ありません・・・私のせいで・・・」



「いいや、君のせいではない。父上は母上の子供である私を嫌っているんだ。理由を付けて私を王太子から降ろしたかったのだろう」



殿下は私の髪を触りながらふわりと優しく微笑んだ。笑ってはいるが殿下の顔はどこか切なかった。



「殿下・・・」



私は殿下の言葉を聞いて悲しい気持ちになった。何故こんなにも素敵な人が嫌われなければいけないのだろう。理不尽にもほどがある。



「それと、君に伝えておかないといけないことがある」



「・・・?」



殿下は私をじっと見つめて神妙な面持ちで口を開いた。



「―次の王太子は勇者アレックスだ。父上はアンジェリカと結婚した彼を次の王にするつもりだ」



「え・・・嘘でしょう・・・?」



それを聞いた私は驚きを隠せなかった。



(嘘よ・・・そんな・・・アレックスに国王なんて務まるはずがない!)



アレックスは剣術に関しては天才だが、勉強はイマイチだった。彼の妃となるアンジェリカ王女殿下も聞いた話によるとお世辞にも優秀とは言えないらしい。そんな二人を王と王妃にすれば国はどうなるか。私でも容易に想像がついた。



王太子殿下はそんな状況に拳をギュッと握りしめていた。



「・・・正直、私は君と結婚出来るのなら王太子の座などどうだっていい。だが、あの二人に国を任せることだけは出来ない!」



「・・・ええ、それに関しては私も同じ気持ちです。殿下」



あの二人が頂点に立ったらおそらく国は崩壊する。国王陛下はそんなことも分からないのだろうか。正直、私も殿下と結婚出来るのなら彼に王太子の地位など無くてもかまわなかったが私の生まれ育ったこの国を滅茶苦茶にされるのは耐えられなかった。私の両親だっているんだ。



私はグッと唇をかみしめた。こんな状況になってしまったというのに何も出来ない自分が嫌になる。それをただ見ていることしか出来ないというのが悔しくてたまらない。



そんな私を殿下は優しく抱きしめる。



「ソフィア、落ち着いて聞いてくれ」



「・・・?」



彼は私を抱きしめたまま静かな声で言った。



「―私は、勇者アレックスから王太子の座を奪い返すつもりだ」



「殿下・・・!」



それが意味するのは、謀反。



穏やかな性格をしている殿下がそんなことを言うとは思わなくて少し驚いた。殿下のその判断は正しいのかもしれないが、いざそれを実行するとなると途端に怖くなった。もしかしたらそれで彼が死んでしまうかもしれない。そう思うと震えが止まらなくなった。



殿下は私が震えているのに気付いたのか抱きしめている腕に力をこめた。



「私に協力してくれないか、ソフィア。たとえ死んでも君だけは守るから」



殿下は私と目を合わせて力強い声でそう言った。そのときの殿下の顔は決意に満ちていて、その顔を見た私は自然と震えが収まった。



「・・・殿下が死ぬのは嫌です」



「ソフィア・・・」



「絶対に死なないでください。それが約束できるなら協力します」



私の言葉に殿下は目を丸くした。私にそんなことを言われるとは思っていなかったようだ。



「・・・分かった、必ず生きて帰ってくる」



殿下はそう言って再び私を強く抱きしめた。








◇◆◇◆◇◆







それからしばらくして王太子殿下は母親の実家である公爵家の力を借りて謀反を起こした。



どうやら公爵家も愛しい娘を蔑ろにして側妃にかまけていた国王陛下を良く思っていなかったらしく、秘密裏に謀反の準備をしていたらしい。私も聖女としてその戦いに参加した。



王太子殿下と公爵家の立てた計画は完璧なものだった。無能な王と王女、そして勇者は一瞬にして捕らえられた。



その結果、国王陛下はこれまでに犯してきた罪が次々と明らかになり処刑された。そしてアンジェリカ王女殿下は北の塔に生涯幽閉となった。その婚約者であったアレックスも勇者の地位を剥奪され、王都を追放された。



そして私は今日、新たに国王として即位した殿下と結婚する。



「―ソフィア」



ウエディングドレスを着ている私の目の前には殿下―いや、陛下がいた。



「陛下・・・!」



私は王宮で教わったマナーなど全て忘れ、一目散に彼の傍へと駆けていく。陛下はそんな私にクスリと笑った。



「そろそろ行こうか」



陛下はそう言って私に手を差し伸べた。私の返事はもちろん決まっている。



「・・・・・はい」



私は陛下の手を取った。



これから私は彼と結婚して王妃になる。私は彼と共に幸せな家庭を築き上げていく。彼と一緒ならどこまでも行けそうな気がした。



目も開けられないほどに眩しい太陽の光が教会の窓から降り注いでいる。夏だというのに暑さなど一切感じない不思議な日だった。窓から差し込んだ光がこれから幸せな未来への道を歩んで行く私たちを照らしている。



それはまるで神が私たちを祝福してくれているようだった―




最後まで読んで下さり、ありがとうございました!



誤字報告ありがとうございます!直していきます!気付くのが遅くなって申し訳ありません・・・。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ