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落夢

作者: ∑f

 誰しも夢を抱く。それは人間の本能だ。抱いた夢の規模は人それぞれだが、夢の無い人というのはいない。今まで夢を抱いたことがないとしても、死ぬまでの間に小さな夢を抱く。人間の一生は意外と長いのだ。長ければ長いほど夢をたくさん抱く。けれどすべてが叶う訳ではない。全く、これっぽっちも叶わない人間だっている。けれどそれはしょうがないとしか言いようがない。

 努力は報われると、大人は言う。けれどそれは無責任な言葉だ。意味のない努力を子供に押し付けるだけ。努力など所詮は才能を伸ばす道具。足の無い人間に走れと命じるようなものだ。夢もまた同じで、叶うと言われるが最終的に叶う叶わないを決定するのは運だ。そして大人はこういう。


「運も実力だ」


 なにを馬鹿なことを言っているのだろうか。運が実力だとしたら、そんなもの努力でどうにかできるものではないと証明しているようではないか。なのに平然と、運は実力だなどと戯言を吐く。

 運は運。絶対に予想することができない未知の数字だ。スーパーコンピューターを使用しても運を味方につけることはできない。

 天気を予想しても、災害で人が死ぬように、結局のところ確率の問題。つまり運に頼ることになる。大人たちがいう「運は実力」の理論で行けば、災害で死ぬ人間は実力がなかっただけということになるのではないか。そんなの間違っているだろう。ほぼすべての人間がその場合、運は実力などとは言わない。


 ――なぜか。


 それは自分に降りかかる可能性が高いからだ。人間はどこかで自分もああなるのではないかと恐れている。だからこそ、その可能性が高い事象については運は運と言い始める。

 これほど無責任なことがあるだろうか。

 夢が叶う叶わないも結局のところ運が大半を操作するのに、平然と夢は叶うなどと言っていいのだろうか。

 努力は必ず報われると、不確定な要素だらけだというのに言い切っていいのだろうか。

 だから僕はこう言う。


「所詮は運。どうにもできない運で決まるんだよ」


 これは今となっては自論の様なもので、自分自身を納得させるものだ。夢に向かって勉強をしようにも学校がそれを邪魔する。努力しようにもお金がそれを邪魔する。これらすべてはこの国に生まれ、お金があるという結果に出くわした自分の運の無さだ。こう考えると、全てがどうでもよくなる。


 こんなことをある日、僕はクラスメイトに話した。すると彼女は笑いながら言った。


「屁理屈。いい? この世の全ては心で決まるんだよ」


 荒唐無稽。信じようとする考えがもはや無意味と言いたくなるほど根拠もない、ただの戯言だった。けれど彼女は続ける。


「それでね、心って言うのはね。運なんだ!」

「矛盾してるじゃん」

「いいや、矛盾してない!」


 どうやらそれが彼女の自論なのか、胸を張って言い切る姿は何を言っても無駄な様子である。僕は話す気もしないと、背もたれに寄りかかって窓を眺める。それでも彼女は話を続けた。


「心が運であるならば、心次第で結果を掴める! 逆に、運が悪いのならば心も悪い! だったらポジティブに明るく生きましょう! でなきゃ不公平じゃない?」


 僕はつい、片目で彼女を見てしまう。


「こんなにも変化する心を持つ人間。他の動物はここまで豊かじゃない。だからこそ、結果という道を堂々とたどれる。でも人間にはそれができない。なぜなら、心を持っているから。心が道から外れさせる。でもメリットもある。それは、心が道を捻じ曲げてしまうこと」

「それは悪いのでは?」

「人によってはね。でも、いい夢を持ってる人ならいいと思わない? だって、捻じ曲げれば捻じ曲げる程同じ道を歩む人はいなくなるんだから」

「つまり、ライバルを減らせるのが人間だって言いたいのか?」

「まあそういうこと」


 にへへと笑い、彼女は椅子に座る。


「でさ、キミの夢は何なの?」

「なんで」

「だって、その結論に着いたってことは何か夢があるんじゃないの?」


 図星だ。けれどこれは諦めた夢。もうコマを進める気もない夢だ。いう価値なんて――


「私はね、夢があるよ」


 言いたくないと、夢について隠そうとした矢先だった。僕の開いた口は閉じることもなく、ただ彼女の一方的な夢を眺める。


「私の好きな作品が、もっと有名になってくれますようにって夢」

「それって、」

「うん。私じゃどうにもできない夢。だからこうして私はいろんな人に夢の話をする。だって、いつか声が届くかもしれないじゃん」


 なんという理解しがたい話だ。鼻で笑いたい。でも、彼女を見ているとそう思うこともできない。


「この世界には八十億の人間がいる。つまり、八十億の人間に私の話が届けば絶対に作品を作る作者に話が届くんだよ! 八十億分の一。つまり、不可能じゃない!」

「でも現実問題不可能だ」

「そう。でも私の好きな作品を書いている人は学生で、日本人。日本にいる。つまり、一億よりも少ない確率で行けるんだよ」

「……」


 確かに、確率は絞ることができる。しかし、話が届く届かないは運だ。目に見えない、数学的数字をすべて無に返してしまうほどの絶対的な運が勝敗を決める。それを知っているからこそ僕は全てをあきらめた。


「――不可能だ」

「不可能じゃないよ。だって私は動いてる」

「――無意味だ」

「無意味じゃないって。だって私には意味があるんだもの」

「――理解できない」

「理解しなくたっていい。所詮これは誰にも関係のない私の夢だから」


 どうしてこうも彼女は前向きなのだろうか。これも前向きな考えができるという才能を運で得たからだろうか。だったらとてもではないが僕とは逆の人間だ。何も持たなかった人間が理解できるものではない。


「お前と話しててもつまらない。僕には僕の考えがある」

「そっか」

「じゃあ――」


 席を立って、鞄を持つと僕は足早に教室を後にしようとする。けれど彼女はがたんと椅子を立って、叫んだ。


「まって!」


 僕は足を止め、振り返る。頬を僅かに赤らめた、夕陽を背に抱える彼女の姿。相変わらず僕には影が刺さる。


「まだ聞いてなかった。私の好きな作品――『落夢』って、キミは知ってるかい?」


 僕は目を開く。唇を噛む。手を握る。全身に力が入って、震えた。そして、僕の夢が、一歩進む。


「あー、うん。知らないな。ゴメン」


 これは全て、僕の決断だ。心の底から罪悪感が溢れ出す。今すぐにでも窓ガラスを突き破って外へ飛び出し脳漿をぶちまけたい気分だ。

 彼女は僕の言葉を聞いて「ありがとう」と呟いた。本当に小さな声で、吹奏楽部のフルートの音でほぼかき消されていた。


「じゃあ」

「うん、また」


 これから先、同じ学校である以上僕と彼女が全く関わらないということはないだろう。でも、出来る限り関わりたくはない。ああも叶わない夢を持っている人がいると分かってしまえば、僕の自論などを出す前に泣きたくなってくる。

 僕は影の指す廊下を歩いて、階段を下って、少しだけ泣いた。


「はあ、兄さん。あんたの作品はすげぇよ」


 圧倒的才能で夢を潰された少年が、努力でその才能へ追い付くという快進撃を描いた小説。音楽と映像を組み合わせて作られた一本の動画で始まり、その先あと二本の動画で完成するはずだった兄さんの作品。それほど多くの人に見られたという訳でもなかったけれど、いつか大きな作品にすると意気込んでいた兄さんの夢。

 けれど、兄さんは二年前、死んだ。事故だった。


「石田茜だったけ、あいつ」


 彼女の夢は叶わない。完結しない作品はいつまでたっても羽ばたききることができない。それがただの一般人が作り出した処女作ならなおさらだ。


「はあ――」


 涙を拭って、僕は帰路へ着く。

 家に帰って、僕はパソコンを立ち上げる。


 彼女がどう思うかは分からないが、少なくともその無意味な夢を僕が終わらすことはできる。


 ――その日、僕は兄が死んだという旨を、作品のコメントに付け加えた。


 次の日学校へ行くと、目を真っ赤に腫らした彼女が話しかけてきた。


「ゴメン。ありがと。やっぱりキミは正しかった」


 なぜ謝るのだろう。なぜ感謝するのだろう。僕は歯軋りする。


「正しいのは茜さんだよ。あなたの夢は叶わなかったけれど、絶対に無意味ではなかった。不完全ではあったけれど飛び立つことはできたんだから」


 それに――


「僕の夢はね――『落夢』を褒めてもらう事。そして、終わらせること」


 彼女のおかげで僕の夢にはけじめがついた。彼女は二つの夢を終わらせたんだ。それは凄まじいことだ。今までうだうだと引きずって、投げ捨てた夢をこうもあっさり終わらせてしまったのだから。


 ――運は心、ね。


 夢は絶対に叶うとは言えないし、努力は必ず報われるとは言えない。でも、少なくとも、何かしらの結果は与えてくれる。その点僕は、価値観を変えることができたのだろうか。

 でもやっぱり、運、つまり心が最終的に決定を下すのは納得できない。

 結局のところ全ては運。結果が望むものか望まないものになるかは運次第なのだ。

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