ミモザの城ー姫君と執事・6
お酒のきいたケーキも添えられた果物のコンポートも美味しく、執事長バルドーの淹れた紅茶は完璧な温度と濃さで、ルナは「勉強になる」と見て学んだ。
執事長がアランをからかいつつ、城にまつわる不思議などを教えてくれ―――公国では城と亡霊や怪異はもはやセットだけれど、王国でもそうらしい―――、エステレイル姫としてか素のルナなのか、自分でも分からないほど寛いだところで、お開きの時間となった。
「そろそろ、お客様がお戻りの時刻ですね」
執事長が懐中時計を確認する仕草をする。時計など見なくとも体感で時間はきっちり把握されている事と思われるが。
「名残り惜しいわ。本当に楽しかったから」
ルナの言葉にアランも同感だと頷く。まだこうしていたいが、そうもいかない。音楽室からヘザーが戻る前に、身支度を整えねばならない。
椅子をひいてもらい立ちながら、執事長を見上げる。
「このお城に着いてから心がざわめいて、ずっと忘れ物をしているような、そんな気分で」
セドリックの宿題が気にかかっていたことが大きい。今やそれも解決した。
「今日、お二人とこうしてすごした今、やっと落ち着いた気分です」
青い冊子については、何も知らないアランの前で口にできない分、笑みで執事長に感謝を伝える。
「エステレイル様」
承知したというかわりに、目尻にしわを刻んだ執事長が両手を広げて、軽くルナを抱きしめる。
「またいつでもお戻りください。ここはあなたの城です。いつでもお迎えにあがりますよ」
抱きしめると言っても、体には充分な隙間がある。両肩に手を置くというほうが、正しいのかもしれない。
「もしもお困り事が起これば、私が解決致します。エステレイル様より長く生きている分知恵がありますからね。私にまずご相談下さると、お心に御留めください」
思いやり深い真摯な声調に、ルナは思わず執事長の眼を覗き込んだ。穏やかな表情はかわらず、心から言ってくれていると分かる
「ありがとう、バルドー。……大好きよ」
エステレイルとしてなら問題はないはずだと、最大限の感謝を込めて、そっと執事長の背中に手を回す。
「私こそ。大好きですよ、姫君」
執事長が子供にするように、ルナの背中をトントンと二度と撫でて、体を離す。
ドアを開けてルナと共に廊下へ出ながら、アランを憚って小声で言う。
「ご本と部屋の鍵は、のちほどお届けします」
ルナは目礼を返すと、最後に室内へと視線を送った。
アランは立ち上がって見送っている。
西日を背後から受けてキラキラと輝く髪が眩しい。月光の中で会った騎士よりも、力強い生命力に溢れているよう感じられる。
月光に照らされた騎士が静ならば、陽光を浴びるアランは動と言える。それほどまでに対象的でも二人はよく似ている。
今日はエステレイルとして「姫君」と呼んでもらったルナが、ついアランを「騎士様」と何度か呼びそうになってしまったほどに。
今日最後の「エステレイル」が、アランの姿を在りし日の騎士様として目に焼きつける。静と感じた騎士も、このミモザの城にいる頃は、生き生きと躍動していたに違いない。
丁寧にルナが知っている限り最高の礼をして、別れの挨拶をする。マナー講師がヘザーのついでに、使う機会のないと思われるルナにも仕込んでくれた淑女の礼だ。
「物語の一頁のような。あったかもしれない続きを過ごせて、光栄でした」
微笑んでみせたけれど、キレイに口角が上がった自信はない。
逆光で表情の読めないアランから、普段より少し重い声が静かな室内に響く。
「姫君、また。お話の続きは必ず」
願うような色を帯びているよう感じるのは、何故だろう。同じ事を願っている、私も同じ気持ちですと伝えていいものかどうか。
迷った思いは声にはならず再度一礼して、ルナはエステレイル姫からルナに戻った。
階段へと姿を消すルナを見送った執事長が部屋に戻ると、アランは額の髪を掻きあげて天井をひと睨みしたところだった。
「……お前は何をしてるんだ」
「エステレイル姫と執事のお茶の時間ごっこ―――でしょうか?」
アランに問われた執事長は、慣れた手つきでティーセットを片付ける。
疑問形で返したことに「お前がそんな言い方をしても、ひとつもかわいくないんだよ」と言われ、可愛く聞かせるつもりはないのですが、と思うものの口には出さない。
外出から戻るアランが、城へ入る前に必ず姫君の部屋を見上げると、執事長は知っている。
だから、カーテンも窓も開けておいた。
いつも締め切りのカーテンが開いているのを不審に思ったのだろうアランは、執事長の狙い通りに現れ、同席した。
「アラン様もだいぶ拗らせておられますが」
睨みつけるアランなど、いかほどでもない。執事長は、平素と変わらぬ態度だ。
「拗らせているのは、私も。です」
自覚致しました、と執事長は自嘲気味に口にした。
「コルバン家にとり、エステレイル様は特別なのです」
それは五代に渡りコルバン家に仕えるバルドー家にとってもだ。




