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ミモザの城ーコルバン家の執事長・4

 良い――悪いとも云う――笑みのアランを目にして「お楽しみのところ大変申し訳ないのですが」と執事長が、その案を否定する。


「シャルル様もアラン様も、ご身分としてはロベール様と大きな違いはございません。メイドに張り付くのは外聞が悪うございます」


「ならお前が張り付くか?」


不満を隠しもせずに、長い脚を組みかえたアランが、不機嫌な声を出す。



 ごくまともな意見を述べただけの執事長にしてみれば、睨まれるのは不本意だが。


「私にも仕事はございますので、四六時中は難しいかと」


こんなところで、アランの不興を買いたくもない。考えて提案した。


「例えば護衛のひとりが、ルナさんに構うのは問題がありません」


「護衛には『ロベール様がルナさんに関心をお持ちになり、交流会に少々不都合がある』とでも説明致しましょう。ロベール様を牽制するために、護衛のひとりにルナさんに好意を持っていると、衆人環視の中で言わせてしまえば」



 メイドと護衛なら、立場としてもおかしくはないし、公国使節団はあと数日で帰国するのだから、誰もとやかく言いはしないと、執事長はひとり頷く。


 しかも相手が「挨拶がわりに女を口説く」と揶揄される王国の男である。公国側も面白がりはしても、まともに取って目くじらを立てることも、ないだろう。


一時の暇潰しに話題を提供するだけで、交流会のお開きと共に忘れられる程度の出来事である。ルナにあらかじめ伝えておけば何の問題もない。


今目の前でアランが瞬時に気分を害した事以外は。



「アラン様かシャルル様が同行される時は、もちろん護衛が張り付かなくとも良いわけですし」


そう長い時間でもないと(なだ)めても、アランの苛立ちは収まりそうにない。


 大人になって久しく見ないアランの分かりやすい態度が、執事長にとっては面白くもある。しかしそれを顔にだしては、それこそ面倒な事になる。執事長は表情を引き締めた。



 言い返しはしないアランに、この方向で話を進めるのだと解釈して、執事長は「今思い付いた」かのように疑問を口にした。


「先ほど『少し痩せた』とルナさんに仰っておいででしたが」


アランの目が眇められた。


「いつ、と比べて。でしょうか」


お会いになるのは今回が初めてなのですよね? と言い添えて、真っ向から腹を探る。

黙して待つ執事長に、渋々アランが譲った。



「昨年、あの方の伴で保養地の娼館に滞在しただろう。そこでメイドをしていた。その時はソフィアと名乗っていたが」


「娼館、でございますか」


 メイドにも階級の在ることを知る執事長が驚くのは、当然の事だ。数ヶ月前まで娼館で働いていたメイドが男爵家に仕えるなど、王国ではあり得ない。


「娼館での仕事は短期の契約だ、と言っていた。あの方をもてなすのに、自前のメイドでは心許なかったマダムが頼んだのだろう。他の娼婦に聞いても、椿館は娼婦までもが躾が良くて口が固い。話しに乗ってこなかったが、ルナは行楽時期と繁忙期に時々手伝いに入るのだそうだ」



 アランも国に戻ってから初めて「オールワークスメイド」という類いのメイドについて知った。


仕事の内容を問わず、ひとりで下級メイドの仕事から上級メイドの範囲まで、それなりにこなすメイドの事を指す。


 貴族の屋敷では下級と上級に分かれる上、仕事内容も細分化されているメイドだが、公国の富裕層においては、メイド置くことが富を示す指標のひとつとなるらしい。



 「当家にはメイドがいる」と見栄を張りたくて、通いのメイドを週に一・二度呼び、通りに面した人目につくところを掃除させ、さも住み込みのメイドがいるかのように装う家もあるのだと、アランは得た知識を執事長に披露する。



 そういった話は確かに耳にしたことはある。執事長はアランの話に頷いた。


「しかしそれだけでは、ルナさんはどうにも説明がつきませんよ」


「ヘザー嬢なら詳しく知っていようが」


 口にしたアランが、リボンでひとつにまとめられたルナの髪に指を絡める。ルナの寝息は全く乱れない。


「出来れば本人から聞きたいものだ」


 アランが自覚しているかは不明だが、今浮かべている柔らかな表情は、あまり執事長の目にする機会のないものだ。


「アラン様がお話しくださったので、私も推測ながら申し上げる気になりましたが」


ルナの髪に埋められたアランの長い指に目をとめつつ、執事長が続ける。



「ルナさんの瞳は灰色ですが、本来の色は違うのではございませんか」


訝しげなアランの様子に、やはりお気づきではないのですねと、頷いた。


「あまり知られてはおりませんが、瞳の色を変えるために目の中に入れ、瞳に被せる色ガラスがございます。公国の職人が特別な注文で個人に合わせて作製するそうですが」


アランはじっと聞き入っている。


「昔聞いた噂では、一対で同じ大きさの宝石並みのお値段だそうです―――どこから費用を捻出したのでしょうね。一介のメイドが」


瞬きすらしないアランから、執事長がルナに視線を移す。アランの反応を探りながら、口にする。


「例えば、庶民が隠さなければならない瞳の色とは―――公国ならば金茶」


 公国を治める大公家の特徴は金茶の瞳で、一族全員にその特徴が備わっているわけではないが、庶民にはあるはずの無い色だ。


「王国ならば―――紫」


執事長の目に写るアランは、きれいに表情を消していた。



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